クラッパム
くらっぱむ
John Harold Clapham
(1873―1946)
イギリスの経済史家。ケンブリッジ大学に学び、リーズ大学経済学教授を経て、1928~38年ケンブリッジ大学の初代経済史教授を務めた。経済史研究に初めて数量的方法を組織的に適用した『近代イギリス経済史』An Economic History of Modern Britain3巻(1926~38)は、いまなおこの分野における最高水準の研究とされている。産業革命については、当時の労働者階級の実質賃金の上昇を統計的に示して、その明るい面を強調し(産業革命の楽観説)、A・トインビー以来の悲観説に反対した。また、イングランド銀行創立250年を記念して執筆した『イングランド銀行史』The Bank of England : A History2巻(1944)も名著とされている。40年イギリス経済史学会会長に就任し、同年ナイトに叙された。主著には前掲のほか『フランスとドイツの経済の発達 1815―1914』The Economic Development of France and Germany 1815―1914(1921)がある。
[根本久雄]
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クラッパム
John Harold Clapham
生没年:1873-1946
イギリスの経済史家。ケンブリッジ大学における初代の経済史学講座教授(1928-38)。1926年出版の《近代イギリス経済史》(全3巻,1926-38)第1巻において,A.トインビー以来定着していた〈悲観説〉的な産業革命論に対して産業革命の明るい面を描き出し,それがむしろ労働者の生活水準を引き上げたとする〈楽観説〉派の起点となった。その研究方法が記述史料よりも,統計的なデータを重視していたことも大きな特徴である。
執筆者:川北 稔
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クラッパム
英国の経済史家。《近代イギリス経済史》(全3巻,1926年−1938年)において,それまでの産業革命が革命の名に値する激変であり,そのもたらしたものは労働者の困窮であったとしてその暗い側面を強調するA.トインビー以来の通説に対して,統計資料を利用して,むしろそれは連続の過程としてとらえねばならず,またそれは労働者の生活水準を引き上げたとして,産業革命に対する楽観説をとり,いわゆる〈クラッパム派〉を形成する起点を提供した。1928年ケンブリッジ大学で最初の経済史教授となる。
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世界大百科事典(旧版)内のクラッパムの言及
【産業革命】より
… しかし,資本主義世界が相対的に安定した1920年代になると,産業革命がもたらした現代社会への肯定的姿勢が強くなり,近代経済学的な発想法の影響もあって,〈楽観説〉が成立する。実質賃金統計などを作成してみると,労働者の生活水準は,産業革命期にもむしろ上昇しているとするこの立場は,J.H.クラッパムによって整えられ,T.S.アシュトンらに受け継がれて,欧米では通説の位置を占めた。産業革命前の社会も,悲観説が想定したほどのパラダイスではなかったし,〈産業革命〉と呼ばれている現象自体,数世紀にわたる連続的な変化の集合であって,短期の〈革命〉的激変などではない,というのが楽観説派の立場である。…
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