ゲオルギオス1世(読み)ゲオルギオスいっせい(その他表記)Georgios I

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ゲオルギオス1世」の意味・わかりやすい解説

ゲオルギオス1世
ゲオルギオスいっせい
Georgios I

[生]1845.12.24. コペンハーゲン
[没]1913.3.18. セサロニキ
ギリシア王 (在位 1863~1913) 。デンマークのグリュックスブルク王家出身。幼名ウィルヘルム。ギリシアの保護国であったイギリス,フランス,ロシア列強意思により王位についたが,1院制議会をとる民主的な憲法を承認 (1864) 。国内政治を安定させ,有能な外交家を登用することによってテッサリアエピルスマケドニアの一部,クレタ島,大多数のエーゲ海諸島を獲得し,ギリシアの国際的地位を列強の被保護国から事実上の独立国へと高めるのに貢献した。マケドニア地方を旅行中ブルガリアのテロリストに暗殺された。

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367日誕生日大事典 「ゲオルギオス1世」の解説

ゲオルギオス1世

生年月日:1845年12月24日
ギリシアの王(在位1863〜1913)
1913年没

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