ゴンサレスプラダ(英語表記)Manuel González Prada

改訂新版 世界大百科事典 「ゴンサレスプラダ」の意味・わかりやすい解説

ゴンサレス・プラダ
Manuel González Prada
生没年:1848-1918

ペルーの作家,政治家。リマ貴族家系に生まれながらも,教会はじめ19世紀末ペルーのいっさいの伝統権威を批判し続けた反体制派知識人。特に太平洋戦争(1879-83)中は,リマからチリ占領軍が撤退するまでは自宅を一歩も出なかったほどの愛国者として有名で,敗北の原因を軍人,大地主,商人といった寡頭的支配体制の責任として鋭く糾弾した。また多数を占めるインディオ住民こそが国の基盤を形成すべきであるとして,その復権を国の制度的民主化とともに唱え,ペルーのインディヘニスモ運動の先駆的存在となった。彼の時代には孤立していたが,その知的遺産は,後に改革を担うべく登場するアヤ・デ・ラ・トーレやマリアテギに強い影響力となって引き継がれた。彼は思想的には無神論者で,実証主義から晩年アナーキズムにいたるまで幅広い思潮の影響を受けた。主要著作には《自由なる断章》(1894),《闘いの時》(1908)がある。
インディヘニスモ
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のゴンサレスプラダの言及

【インディヘニスモ】より

…独立後,イギリスの主導のもとに,資本主義経済が発展し,原住民共同体の破壊が進行したが,特に19世紀末,欧米諸国の強烈な資本進出が始まって以来,事態はきわめて深刻なものとなった。ペルーでのこの運動は,こうした政治経済状況を反映して,民族国家や原住民共同体の将来を危惧する中産階層(M.ゴンサレス・プラダ,J.ブスタマンテ,J.カペロら)が国民経済の形成や民族国家を志向していく中で展開されたが,運動は概して政治,法律,教育などの側面に限定されていた。20世紀になり,この地域が世界の資本主義構造にさらに大きく包みこまれていく中で,マリアテギは前記のように問題の本質を明確にしたが,社会主義的復権運動の理論構築が十分になされないまま夭折したため,1930年代になると運動は停滞した。…

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