ジェフリー・バトル(読み)じぇふりー・ばとる(英語表記)Jeffrey Buttle

知恵蔵 「ジェフリー・バトル」の解説

ジェフリー・バトル

カナダの元フィギュアスケート選手(男子シングル)。プロスケーター、振付師
1982年9月1日、カナダのオンタリオ州スムース・ロック・フォールズに生まれる。2歳の時、地元のサドベリー・スケーティングクラブでスケートを始め、6歳から競技会に出場。ジュニア時代には姉のミーガンと共に競技ダンスやアイスダンスも練習していた。
シニアデビューの2001~02シーズンに、ISUグランプリNHK杯フィギュアスケート競技大会2位、四大陸選手権を優勝で飾る。四大陸選手権は02~03シーズンで2位、更に次の03~04シーズンでも優勝した。05~06シーズン、東京で開催されたジャパンインターナショナルチャレンジ2005で優勝、ISUグランプリファイナル(東京)で2位となり、冬季オリンピック初出場となるトリノ五輪では銅メダル獲得した。06~07シーズンのグランプリシリーズを背部の疲労骨折欠場したが、復帰後の07~08シーズンは四大陸選手権2位、世界選手権で初優勝した。カナダフィギュアスケート選手権(カナダナショナル)は05年から07年まで3連覇。06年、カナダナショナルチームのキャプテンに選出され、カナダスケート連盟公式諮問委員会の選手代表委員も務めた。
パーソナルベストは、08年世界選手権優勝時の総合245.17点で、この時ブライアン・ジャベール、ジョニー・ウィアー、高橋大輔ら世界の強豪選手が出場する中で、ショートプログラムフリースケーティングとも1位の強さでの優勝だった。
優雅で芸術性の高い演技定評があり、また甘いルックスとさわやかな笑顔で多くの女性ファンに愛され、「銀盤の貴公子」と呼ばれる。選手時代の前半を、織田信成と同じリー・バーケルに師事し、後半は浅田真央らを指導したラファエル・アルトゥニアンに師事した。振付師はデイヴィッド・ウィルソン。
08年9月10日、選手としての引退を宣言。トロント大学化学工学の学生として在籍しているが、休学中。現在はプロとしてアイスショーやチャリティ活動などで活躍しながら、振付師や解説、競技会の採点者としても活動している。ソチ五輪の金メダリスト羽生結弦が世界最高記録を出したショートプログラム「パリ散歩道」(12~13及び13~14シーズン)、パトリック・チャンの12~13シーズンのショートプログラム「エレジー」もバトルによる振り付け。

(葛西奈津子  フリーランスライター / 2014年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

最新 世界スポーツ人名事典 「ジェフリー・バトル」の解説

ジェフリー バトル
Jeffrey Buttle
フィギュアスケート

フィギュアスケート選手
生年月日:1982年9月1日
国籍:カナダ
出生地:オンタリオ州スムースロックフォールズ
学歴:トロント大学
経歴:2001〜2002シーズンよりシニア大会に出場し、ISUグランプリ(GP)シリーズ初参戦となったNHK杯で2位に入り、四大陸選手権で初優勝。2004年四大陸選手権で2度目の優勝。2005〜2007年カナダ選手権で3連覇。2005年世界選手権で銀メダル、2006年トリノ五輪で銅メダルを獲得。2008年世界選手権ではSP、フリーともノーミスの完璧な演技で初の金メダルに輝いた。同年9月現役を引退し、プロスケーターに転身。173センチ。端正なルックスと華麗な滑りで日本でも高い人気を誇る。

出典 日外アソシエーツ「最新 世界スポーツ人名事典」最新 世界スポーツ人名事典について 情報

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