ジュスティーヌエナン(その他表記)Justine Henin

現代外国人名録2016 「ジュスティーヌエナン」の解説

ジュスティーヌ エナン
Justine Henin

職業・肩書
元テニス選手 アテネ五輪テニス女子シングルス金メダリスト

国籍
ベルギー

生年月日
1982年6月1日

出生地
リエージュ

旧名・旧姓
エナン・アーデン,ジュスティーヌ〈Henin-Hardenne,Justine〉

受賞
ローレウス・スポーツ賞(スポーツウーマン賞)〔2008年〕

経歴
1997年ベルギー国内選手権を史上最年少の15歳で制す。同年全仏ジュニアで優勝。’99年プロに転向し、同年WTAツアー大会初出場で初優勝。2001年全仏オープン4強入り、全英オープン(ウィンブルドン)準優勝。2003年全仏オープン準決勝で4大大会シングルス33連勝中のセリーナ・ウィリアムズ(米国)を破り、続く決勝では同じベルギー出身のキム・クライシュテルスを下して初優勝。ベルギー勢として初の4大大会シングルス制覇を果たした。同年全米オープン、2004年全豪オープンでも決勝でクライシュテルスを下し優勝。WTAランキングで初の1位となるが、ウイルス性疾患で半年ほど欠場。同年アテネ五輪で金メダルを獲得し復活。2005年、2006年、2007年全仏オープン3連覇。2007年4年ぶりに全米オープンを制覇。この間、2002年ピエール・イブ・アーデンと結婚したが、2007年離婚。2008年5月世界ランキング1位のまま、突然、現役引退を発表した。2010年現役に復帰して全豪オープンで準優勝。しかし、6月のウィンブルドンで右肘を痛めて以来試合から遠ざかり、2011年1月の全豪オープン後に再び現役を引退した。ツアー通算シングルス43勝、4大大会優勝7度。右利き片手打ちで、167センチ、57キロと小柄ながらバックハンド強打武器に、全身を使った強烈なストロークでパワーテニスに対抗した。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

最新 世界スポーツ人名事典 「ジュスティーヌエナン」の解説

ジュスティーヌ エナン
Justine Henin
テニス

テニス選手
生年月日:1982年6月1日
国籍:ベルギー
出生地:リエージュ
別名等:旧姓(名)=ジュスティーヌ エナン・アーデン〈Justine Henin-Hardenne〉
受賞歴:ローレウス・スポーツ賞(スポーツウーマン賞)〔2008年〕
経歴:1997年ベルギー国内選手権を史上最年少の15歳で制す。同年全仏ジュニアで優勝。’99年プロに転向し、同年WTAツアー大会初出場で初優勝。2001年全仏オープン4強入り、全英オープン(ウィンブルドン)準優勝。2003年全仏オープン準決勝で4大大会シングルス33連勝中のセリーナ・ウィリアムズ(米国)を破り、続く決勝では同じベルギー出身のキム・クライシュテルスを下して初優勝。ベルギー勢として初の4大大会シングルス制覇を果たした。同年全米オープン、2004年全豪オープンでも決勝でクライシュテルスを下し優勝。WTAランキングで初の1位となるが、ウイルス性疾患で半年ほど欠場。同年アテネ五輪で金メダルを獲得し復活。2005年、2006年、2007年全仏オープン3連覇。2007年4年ぶりに全米オープンを制覇。この間、2002年ピエール・イブ・アーデンと結婚したが、2007年離婚。2008年5月世界ランキング1位のまま、突然、現役引退を発表した。2010年現役に復帰して全豪オープンで準優勝。しかし、6月のウィンブルドンで右肘を痛めて以来試合から遠ざかり、2011年1月の全豪オープン後に再び現役を引退した。ツアー通算シングルス43勝、4大大会優勝7回。右利きの片手打ちで、167センチ、57キロと小柄ながらバックハンドの強打を武器に、全身を使った強烈なストロークでパワーテニスに対抗した。

出典 日外アソシエーツ「最新 世界スポーツ人名事典」最新 世界スポーツ人名事典について 情報

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