ジョードン(読み)Jaudon,Peyton

朝日日本歴史人物事典 「ジョードン」の解説

ジョードン

没年:明治29.12.23(1896)
生年:1831.5.21
明治期のお雇い外国人。アメリカ人。ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。明治1(1868)年来日,横浜のアメリカ系商会に就職。開成学校英語を教えたらしいが不詳。4年5月から10年5月まで外務省雇。外務省西洋語学所英仏語教師として勤務,同所の文部省移管により6年6月から翻訳局に配属(岩倉使節随行説は事実無根)。10年6月から翌年6月まで華族学校(77年10月学習院となる)英仏語教師。11年7月から太政官雇となり,外国語往復書信の書写,起草,翻訳に従事。18年遣清特派全権大使伊藤博文にレースラーと共に随行。勤勉の故をもって勲4等(レースラーは勲2等)叙勲。同年12月太政官制廃止後は内閣官報局翻訳課に配属,28年12月退職,翌年東京で病没

(廣瀬靖子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「ジョードン」の解説

ジョードン Jaudon, Peyton

1831-1896 アメリカの教育者
1831年5月21日生まれ。明治元年(1868)来日。外務省西洋語学所,学習院で英語,フランス語をおしえる。18年伊藤博文の清(しん)(中国)天津での交渉ロエスレルとともに随行。日本政府より勲四等をあたえられた。明治29年12月23日東京で死去。65歳。ルイジアナ州出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android