知恵蔵
「ジンバブエ経済危機」の解説
ジンバブエ経済危機
2002年に始まった元ゲリラ兵士の白人農場占拠をムガベ大統領が是認したことから、旧宗主国英国との対立が深まり、英連邦はジンバブエに対し1年間の連邦員資格停止措置を実施、03年にはIMFも加盟国資格を停止し、英連邦は無期限の資格停止措置をとった。このためジンバブエは経済危機に陥り、インフレ率が1000%を超えるという破綻状態となった。これに対しムガベ大統領は「ルック・イースト政策」を掲げ、中国との関係を深めている。鉱産資源の豊富なジンバブエに対し中国は資源外交を進め、05年には首都ハラレに中国系大手28社が進出し、2国間協定に基づき建設、鉱業、航空技術、通信、水利などの公共事業を請け負っている。このような状況の中で、05年3月総選挙が実施され、与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟・愛国戦線(ZANU‐PF)は78議席、野党民主変革運動(MDC)は41議席となった。ムガベ大統領はさらに同年5月、野党を支持するハラレなど都市郊外のスラムを焼き打ちする浄化運動を始めたため、欧米諸国の非難は高まり、アナン国連事務総長は事実究明調査団を派遣した。
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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