ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「スエズ運河国有化」の意味・わかりやすい解説
スエズ運河国有化
スエズうんがこくゆうか
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…スエズ運河への発言権を失ったエジプトはその後イギリスによって植民地化され,スエズ運河に対する主権を回復するのは,第2次大戦後ナーセルの指導で成就したエジプト革命(1952)の後である。 すなわち,1956年エジプトはスエズ運河収益をアスワン・ハイ・ダム建設費に当てるため,スエズ運河国有化を宣言した。スエズ運河会社の大株主であった英仏はこれに反発し,イスラエルを語らってスエズ運河地帯に出兵した(第2次中東戦争またはスエズ動乱)。…
※「スエズ運河国有化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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