アスワン・ハイ・ダム(読み)あすわんはいだむ(英語表記)Aswān High Dam

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アスワン・ハイ・ダム」の意味・わかりやすい解説

アスワン・ハイ・ダム
あすわんはいだむ
Aswān High Dam

エジプト南部、アスワンに近いナイル川に建設された世界有数の巨大なロックフィルダム。ダムの高さは111メートル、堤頂の長さ3.6キロメートル。ナセル湖とよばれる貯水池の総貯水容量は1690億立方メートル、世界第2位の人造湖である。その延長はスーダンとの国境を越え500キロメートルに及ぶ。ナイル川第一瀑布(ばくふ)には1902年にアスワン・ダムが建設されたが、その後エジプトのナセル大統領はナイル川の開発をさらに進めるため、このダムの上流7キロメートルの地点に、灌漑(かんがい)、発電、洪水調節を目的としたアスワン・ハイ・ダムの建設を計画した。工事はソ連の資金、技術援助を受けて、1960年に着手され、1970年に完成。また1976年には完成後初めて満水位に達した。最大発電量210万キロワット。

 なお、このダムの建設により、古代エジプトの多くの遺跡が水没するため、「ダムか神殿か」の論争が交わされたが、ユネスコが中心となり、アブ・シンベル神殿の移転など、遺跡の発掘、保存が進められた。

[石﨑正和


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アスワン・ハイ・ダム」の意味・わかりやすい解説

アスワン・ハイダム
Aswan High Dam

エジプトのカイロ南方約 400km,既存のアスワン・ダムの上流 7kmの地点に建設されたロックフィル方式のダム。 1952年の革命後,ナイル川の氾濫を防御し,大量の灌漑用水を確保して農耕地をふやし,大規模な電力を起して工業化を進める目的でナセル大統領が建設を計画した。当初は世界銀行,アメリカ,イギリスからの資金・技術援助で建設する予定だったが,56年にアメリカが援助を撤回,これに対しナセルはスエズ運河国有化に踏切って,スエズ動乱 (第2次中東戦争) へと発展した。その後,ソ連からの資金・技術援助により 60年に着工,70年に完成した。これにより約1万 km2の土地への灌漑用水と年間 100億 kWhの電力が利用可能となったが,半面,ダム建設前には洪水により自然に淘汰されていた動植物の生態系に異常がみられるなど,環境への悪影響も起った。また古代遺跡の多くが水没することとなり,エジプト新王国時代のアブシンベル神殿などその一部を保存するための大がかりな移転工事も行われた。

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