せきふくろ

日本歴史地名大系 「せきふくろ」の解説

せきふくろ
せきふくろ

[現在地名]五戸町 古堂・油出など

五戸川の中流左岸、現五戸町の川原(かわら)町の北の河岸段丘付近に比定される。現古堂(ふるどう)・油出(あぶらで)を中心とする地域。永仁五年(一二九七)の五戸郷検注注進状(新渡戸・岩大文書)に「せきふくろのかう 十一ちやう五たん九かうのうち くてん六ちやう八たんのうち 四たんきつねさき」とあり、五戸郷のうち最大の開田面積と公田面積をもつ。鎌倉時代の五戸郷の中心集落で、後の五戸村の母体とみられるが、室町末期の永正四年(一五〇七)頃中心集落は現根岸(ねぎし)・銀杏木(いちようのき)付近に移動したとされる(五戸町誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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