ソフィアアレクセーエブナ(その他表記)Sof'ya Alekseevna

改訂新版 世界大百科事典 の解説

ソフィア・アレクセーエブナ
Sof'ya Alekseevna
生没年:1657-1704

ロシアのロマノフ朝第2代の皇帝アレクセイ・ミハイロビチの娘。兄フョードル3世のあと幼少の異母弟ピョートル1世即位(1682)を不満とし,宮廷革命で実弟イワン(5世)を併立させ,2人の皇帝の名で政治を行ったが,1689年ピョートル支持派との対立に敗れてノボジェビーチー修道院に閉じこめられた。98年には彼女を擁立する動きがあったため尼僧にされ,生涯を終えた。ピョートル1世のいわば敵役で,その面だけでみられがちであるが,当時のロシア婦人としては高度の教育をうけ,当代随一の教養人でもあった寵臣ゴリツィン公Vasilii V.Golitsyn(1643-1714)の協力で国内改革と西方諸国との関係強化に努めた。
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