タハルカ(その他表記)Taharka

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「タハルカ」の意味・わかりやすい解説

タハルカ
Taharka

古代エジプト第 25王朝4代目の王 (在位前 689~664) 。この王朝はナパタ王朝,エチオピア王朝あるいはクシュ王朝とも呼ばれ,王はエチオピアナパタの出身である。初めナイルデルタ地帯のタニスに都をおいたが,エサルハッドン,のちにその子のアッシュールバニパルに率いられた強国アッシリアの軍勢に侵入を受け,メンフィスは陥落し,下エジプトを失ってからは上エジプトのテーベを根拠地とした。しかしアッシリア軍の追撃が迫り,やがてナパタに逃れ,晩年は第 25王朝最後の次王タヌタモンと共同統治した。カルナックのアメン大神殿の第1中庭にある1本の巨大な円柱は王の造らせた列柱廊の名残りである。

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