改訂新版 世界大百科事典 「タルクイニウス家」の意味・わかりやすい解説
タルクイニウス家 (タルクイニウスけ)
古代ローマの王家。タルクイニウス・プリスクスTarquinius Priscus(在位,前616?-前579?)とタルクイニウス・スペルブスTarquinius Superbus(在位,前534?-前510?)がそれぞれ第5,第7代の王位に就いており,また第6代目の王セルウィウス・トゥリウスは当王家の一員として養育されたと伝えられる。2人のタルクイニウス王はエトルリア人で,セルウィウスをも含めて3代にわたるエトルリア系王政時代にローマは都市を建設し,国制を整え,ラティウム随一の強力な都市国家として発展した。しかしスペルブス王の統治は独裁的となり,伝承によれば王子セクストゥスSextusの引き起こしたルクレティア事件を契機に王は追放され,王政は廃止された。ところが王家の親族に当たるタルクイニウス・コラティヌスTarquinius Collatinusが,共和第1年(前509)のコンスルに選ばれたと伝えられる。しかし間もなく彼も亡命を余儀なくされたといわれ,以後タルクイニウス家はローマ政界から完全に姿を消した。
→ローマ七王
執筆者:平田 隆一
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