チャクリ朝(読み)チャクリちょう(その他表記)Chakri

旺文社世界史事典 三訂版 「チャクリ朝」の解説

チャクリ朝
チャクリちょう
Chakri

1782年以来のタイ国の現王朝。バンコク朝ラタナコーシン朝ともいう
ラーマ1世によって開かれ,イギリス・フランス両勢力に圧迫されながらも,両国間の緩衝 (かんしよう) 地帯としていちおう独立を維持し,ラーマ5世らによって西欧化が進められた。1932年の立憲革命によって立憲王政となった。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

世界大百科事典(旧版)内のチャクリ朝の言及

【ラタナコーシン朝】より

…トンブリー朝のタークシン王が精神錯乱に陥った後を受けて,軍の最高司令官チャクリ(のちのラーマ1世)が1782年バンコクを首都として創始した。始祖の名にちなんでチャクリ朝またはバンコク朝とも呼ばれる。6代目の王ワチラウットは,この王朝の歴代の王をラーマ何世と呼ぶ習慣を始めた。…

※「チャクリ朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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