ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「チャバル」の意味・わかりやすい解説
チャバル(察八児)
チャバル
Chabar
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…そして69年にはキプチャク,チャガタイの両ハーン国とともにタラス草原でクリルタイを開き,オゴタイ家を盟主とする同盟を結び,みずからは大ハーンに推戴され,モンゴル帝国のハーン位奪回を強力にすすめた。この挑戦は1301年にハイドゥが没し,その長男チャバルがオゴタイ家を継いだのちの03年まで続いたが,結局ハイドゥの願望は成就しなかった。それどころか無能なチャバルは,06年にチャガタイ家のドゥワによってオゴタイ家領を奪われ,09年に元朝に投降してしまった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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