テオファネス・ホ・ホモロゲテス(その他表記)Theophanēs ho Homologētēs

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

テオファネス・ホ・ホモロゲテス
Theophanēs ho Homologētēs

[生]752
[没]818. サモトラケ島
ビザンチンの年代記作者。上流階級出身で,短い結婚生活後,キチクスの修道院に入り,のちには修院長となった。レオ5世の聖画像破壊運動に反対し,捕えられ,入獄 (814~815) ,その後サモトラケ島に流された。聖画像崇敬の功によりギリシア教会から「証聖者テオファネス」として,聖人に列せられた。友人ゲオルギオス・シンケロスの未完の『年代記』の継続を目指し,284~813年を扱った『年代記』を著述。アレキサンドリア暦をもとにキリスト教暦,皇帝名,カリフ名,教皇・総主教名などを列記してあるのが特色で,平易な文体により多くの読者に愛読された。7~8世紀の最も信頼性の高い資料で,アナスタシウス・ビブリオテカリウスによるラテン語訳がすでに9世紀に出版されている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む