ディーノ・ドラウレンティス(その他表記)Dino De Laurentiis

20世紀西洋人名事典 の解説

ディーノ・ド ラウレンティス
Dino De Laurentiis


1919.8.8 -
イタリアの映画製作者。
トーレ・アンヌンツィアーク生まれ。
ローマの映画実験センターを出て、第二次大戦で兵役に服し、「ネオレアリズモ」にエロティシズムを加味したジュゼッペ・デ・サンティス監督の「苦い米」(1948年)を製作し国際的にヒットさせる。’50年カルロ・ポンティとプロダクション設立。フェリーニ監督の「道」(’54年)等を製作。’57年撮影所「ディノチッタ」を建設。「天地創造」(’66年)などを製作し、「イタリア映画のキング」と呼ばれた。’73年アメリカに移住、独立製作者として活動し、「セルピコ」(’73年)、「キング・コング」(’76年)などを製作する。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む