ナポレオン調停法(読み)ナポレオンちょうていほう(その他表記)Mediationsakte Napoleons

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ナポレオン調停法」の意味・わかりやすい解説

ナポレオン調停法
ナポレオンちょうていほう
Mediationsakte Napoleons

1803年2月ナポレオン1世によって発布されたヘルウェティア共和国崩壊後の新スイス同盟の憲法フランス革命波及を受けて,スイスでもヘルウェティア共和国という中央集権国家が誕生したが,スイスの伝統に合わないこの制度はただちに崩壊し,無政府状態が続いた。 03年ナポレオンはスイス諸州・諸党派の代表をパリに招き,調停法を示した。これを受入れて,スイスは 19州から成る連邦制を再びとり,新スイス同盟として国内的には平静を取戻した。しかし新スイス同盟に強制されていた軍事協定に基づきナポレオンの手足となる兵員1万 6000人を提供するはめに陥った。

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