ニハーヴァンドの戦い(その他表記)Nihāvand

山川 世界史小辞典 改訂新版 「ニハーヴァンドの戦い」の解説

ニハーヴァンドの戦い(ニハーヴァンドのたたかい)
Nihāvand

642年サーサーン朝最後の王ヤズデギルド3世が進攻するアラブ・ムスリム軍に敗れ,この王朝が事実上崩壊した戦い。ニハーヴァンドはザグロス山脈中のハマダーンの南方に位置する交通の要衝。

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旺文社世界史事典 三訂版 「ニハーヴァンドの戦い」の解説

ニハーヴァンドの戦い
ニハーヴァンドのたたかい
Nihāvand

642年ササン朝(ペルシア)がイスラーム軍に完敗した戦い
ペルシア語ではネハーベンド。第2代正統カリフのウマルは,西部イランのニハーヴァンドでササン朝を破り,イスラームの東進の道を開いた。この戦いで事実上崩壊したササン朝は651年滅亡。

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