パウルス・マケドニクス(その他表記)Paullus Macedonicus, Lucius Aemilius

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「パウルス・マケドニクス」の意味・わかりやすい解説

パウルス・マケドニクス
Paullus Macedonicus, Lucius Aemilius

[生]前229頃
[没]前160
古代ローマの軍人スキピオ・アエミリアヌス (小スキピオ) の父。按察官 (アエディリス ) ,卜占官を経て,前 191年法務官 (プラエトル ) ,前 182年執政官 (コンスル ) 。ルシタニア,リグリアに転戦。前 168年再度執政官となり第3次マケドニア戦争を終結させ (→ピュドナの戦い ) ,マケドニア王ペルセウス捕虜とした。そのためマケドニクスと称された。次いでギリシアエピルスを鎮圧した。ヘレニズム的教養をもった理想のローマ人とされる。

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