プラエトル(読み)ぷらえとる(英語表記)praetor ラテン語

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「プラエトル」の意味・わかりやすい解説

プラエトル
praetor

古代ローマの高級政務官の一つ。法務官と訳される。本来は「指揮する」 praeireという語から,軍指揮官をさしたと思われ,のちの執政官 (コンスル ) にあたる最高政務官の称号に用いられた。前 366年都市法務官 praetor urbanusが設置され,ローマでの裁判を管轄。任期1年,定員は初め2名。執政官を補佐し,その不在時には元老院を招集し,また兵員会招集,立法をも行なった。前 242年にはさらに外国人を扱う法務官 praetor peregrinusが設置され,ローマ市民と外国人との係争を扱った。またシチリア,サルジニア,ヒスパニアの属州にもおかれ,その統治を担当。 L.スラのとき定員8名となり,ローマに常駐して法廷を開くことが定められた。不当取得,殺人,反逆罪の裁判をも行うようになり,彼らが公布する裁判規範はのちのローマ法の基礎となった。また着任に際しては競技を主催した。帝政期には定員 12名となり,次第に権限が縮小され,一種の名誉職となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「プラエトル」の意味・わかりやすい解説

プラエトル
ぷらえとる
praetor ラテン語

古代ローマの高級官職の一つ。紀元前366年に最初の選出が行われる以前は、コンスル(統領または執政官)2人がプラエトルとよばれた。インペリウム(命令権)をもつ最高官職であるが、主たる職務領域は裁判で、前242年ごろ、当事者の少なくとも一方を外国人とする裁判を担当する第二のプラエトル(外国人係プラエトル)が選出されてからは、旧来のプラエトルは母市プラエトルとよばれた。彼らは毎年就任にあたって告示を発し、その在職中彼らが準則とする法律を示した。この活動によって十二表法以後のローマ法は時代とともに発展した。この活動のゆえに彼らはしばしば法務官と訳される。前227年と前197年に2名ずつの増員が行われ、前者はシチリアとサルデーニャの、後者はヒスパニア(スペイン)の、それぞれ総督として派遣された。帝政期に入っても存続したが、その職務内容は空虚化した。

[弓削 達]

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