ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フラミニア街道」の意味・わかりやすい解説
フラミニア街道
フラミニアかいどう
Via Flaminia
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…土壌侵食も激しく,粘土質の地帯では崩壊地形も多く見られる。 いくつかのアペニノ越えの峠があるが,古来もっとも重要な交通路として用いられていたのは,テベレ川に沿ってさかのぼり,メタウロ川を経てファノにぬけるフラミニア街道であった。鉄道時代になって,フィレンツェからまっすぐにボローニャにぬける18kmのアペニノ・トンネルが掘られ,また,最近は最高峰コルノ山の下にも高速自動車道のトンネルが掘られ,ローマからまっすぐアドリア海側にぬけられるようになった。…
…アンナは普通名詞〈年annus〉を女性形にしたもの,またペレンナは〈永久〉の意。彼女の祭りは3月15日(旧暦の新年最初の満月の日)に,フラミニア街道の最初の一里塚がある地点の森の中で催された。この日は無礼講が許され,人々は酒杯を重ねてその数だけの年の幸せを祈った。…
…ベネウェントゥム,ブルンディシウム間を結び,アッピア街道のバイパス役を果たした。(14)フラミニア街道Via Flaminia 前220年創建。イタリア北部の幹線道路。…
※「フラミニア街道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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