プラハ窓外放出事件(読み)プラハそうがいほうしゅつじけん(その他表記)Prážká defenestrace

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「プラハ窓外放出事件」の意味・わかりやすい解説

プラハ窓外放出事件
プラハそうがいほうしゅつじけん
Prážká defenestrace

(1) 1419年7月3日,プラハ市役所の建物の窓からカトリック系の7名の市参事会員が放出された事件。フス戦争 (1419~36) 勃発のきっかけとなった。 (2) 1618年5月 23日,新教派のボヘミアの諸身分の代表者が神聖ローマ皇帝による宗教的自由の蹂躪に抗議してプラハ城内に押入り,皇帝の代官ら3名を窓から放出した事件。三十年戦争 (1618~48) のきっかけとなった事件として有名。 (3) 1948年3月 10日,チェコスロバキア外相 J.マサリクがプラハの外務省の建物の窓から放出された事件を加えることもあるが,自殺説もあり,真相は不明。

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