日本大百科全書(ニッポニカ) 「マヌイリスキー」の意味・わかりやすい解説
マヌイリスキー
まぬいりすきー
Дмитрий Захарович Мануильский/Dmitriy Zaharovich Manuil'skiy
(1883―1959)
ソ連の政治家。1903年ロシア社会民主労働党(後の共産党)入党。若くして革命運動に携わり、亡命して1911年にソルボンヌ大学卒業。「召還派」「フペリョート派」に属す。1917年には「メジュライオンツィ」派からボリシェビキに入る。1922年以降コミンテルンで活躍し、1928~1943年コミンテルン書記。1944年ウクライナ共和国外相兼副首相、1946~1953年同国副首相。1953年に年金生活に入った。国際共産主義運動に関する著作多数。
[塩川伸明]
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