リンダンハーン(その他表記)Lingdan Khan

改訂新版 世界大百科事典 「リンダンハーン」の意味・わかりやすい解説

リンダン・ハーン (林丹汗
)
Lingdan Khan
生没年:1592-1634

モンゴル最後の大ハーン。1604年,13歳で祖父ブヤン・セチェンを継いでハーンとなる。ラマ教の保護につとめたほか,みずからチンギス・ハーン,フビライ・ハーンの後継者に任じ,分裂していたモンゴリアの統一を目ざした。モンゴリア各地に軍事遠征を行い,26年ハラチン部を,28年トゥメット部を攻撃してこれを壊滅し,さらに30年ころには外モンゴルにまで勢力を伸ばした。また根拠地を内モンゴルのフフホト(帰化城)にうつした。しかしリンダン・ハーンのこの武力政策は多くのモンゴル諸公の反発を買い,彼らをして当時対立関係にあった満州族の後金国(のちの清朝)のもとに走らせた。後金国のホンタイジ(太宗)は逃亡してきたモンゴルの諸公とともに反撃に出て,32年にはフフホトを奪った。リンダン・ハーンは西走し青海地方に向かったが,34年シラ・ターラで病死した。翌年その子エジェイ・ホンゴルは降伏し,内モンゴル全域が後金国の領土となった。
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