大学事典 「ルネサンス・アカデミー」の解説
ルネサンス・アカデミー
Renaissance Academy
16世紀頃,ルネサンス期のイタリアにおける人文主義の伝統と宮廷文化が合流したところに生まれたアカデミー。対象はルネサンス期の人々の関心を反映して,芸術,音楽,言語,歴史,自然科学,そして錬金術などの秘教的内容まで多岐にわたった。同好の士による身分や宗教を問わない自由な集まりであり,しばしば有力な王族や貴族の支援を受けた。15世紀にプラトンの著作翻訳を進めたマルシリオ・フィチーノの「アカデミア・プラトニカ(プラトン・アカデミー)」は理念的原型とされる(ただし活動実態は不確かで,16世紀末頃に後付けで「起源」とみなされた可能性が高い)。当初は多様な話題を音楽や食事とともに楽しむ社交の場であったが,次第に学術的になり,その活動は言語,芸術,自然科学などの諸分野に分かれていった。有名なものとしてイタリア語の純化を目指したアカデミア・デラ・クルスカなどがあげられる。17世紀になるとこれらのアカデミーは国家による制度化の対象となり,1635年にフランスで設立された王立のアカデミー・フランセーズはその嚆矢とされる。一般的に,それ以降のアカデミーは「ルネサンス・アカデミー」とは呼ばない。
著者: 隠岐さや香
参考文献: Ian F. McNeely, “The Renaissance Academies between Science and the Humanities”, Configurations, 17, 2009.
参考文献: F.A. イェイツ著,高田勇訳『十六世紀フランスのアカデミー』凡社,1996.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報