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人文主義 ジンブンシュギ

6件 の用語解説(人文主義の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

じんぶん‐しゅぎ【人文主義】

ギリシャ・ローマの古典研究によって普遍的教養を身につけるとともに、教会の権威や神中心の中世的世界観のような非人間的重圧から人間を解放し、人間性の再興をめざした精神運動。また、その立場。ルネサンス期にイタリア商業都市の繁栄を背景にして興り、やがて全ヨーロッパに波及した。代表者は、イタリアのペトラルカボッカチオオランダエラスムスフランスのビュデ・ラブレードイツフッテン、英国のトマス=モアら。人本主義ヒューマニズムユマニスム

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百科事典マイペディアの解説

人文主義【じんぶんしゅぎ】

英語humanism,フランス語humanismeなどの訳。人本主義,人間主義人道主義とも。ルネサンス期に,ギリシア古典に直接触れることを手がかりに,中世封建社会や腐敗したキリスト教会からの人間解放を求めた知的運動に始まる。
→関連項目アグリコラ一般教養コレージュ・ド・フランスザックス人文主義法学バーゼル大学ボッカッチョマセイス

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世界大百科事典 第2版の解説

じんぶんしゅぎ【人文主義】

英語humanism,フランス語humanisme,ドイツ語Humanismusなどの訳語。西欧語をそのまま写してヒューマニズム,ユマニスム,フマニスムスなどと表記されることも多い。その語義は広狭多様で,人間主義,人本主義,人道主義などの訳語もある。以下の記述においては,一般的意味におけるそれに対しては〈ヒューマニズム〉を,歴史的概念としてのそれに対しては〈人文主義〉をあてて一応の区別をし,かつ主として後者を中心にその歴史を概観することにする。

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大辞林 第三版の解説

じんぶんしゅぎ【人文主義】

ルネサンス期における、ギリシャ・ローマ・ヘブライの古典的教養を通して人間形成をはかる立場。ここから人間肯定の思想、教会を中心とした世界観から解き放たれた新しい普遍的人間像が生じた。イタリアのペトラルカ、フィチーノ、フランスのビュディ、オランダのエラスムス、ドイツのメランヒトン、イギリスのトマス=モアなどが代表者。ヒューマニズム。ユマニスム。フマニスムス。人本主義。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

人文主義
じんぶんしゅぎ

ヒューマニズム」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

人文主義
じんぶんしゅぎ

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世界大百科事典内の人文主義の言及

【イタリア文学】より

… ところで,先にも触れたように,ペトラルカとボッカッチョは単に文学の手法と詩法においてのみイタリア文学を近代に向かって傾斜させただけでなく,文芸思想においても近代を用意した。すなわち,15世紀イタリア・ルネサンスの基盤をなす〈人文主義〉は,ペトラルカとボッカッチョの古典文献の発掘と再認識に始まったのである。この運動は,ギリシア・ラテンの古典世界とキリスト教世界の調和という主題をめぐって,メディチ家支配下のフィレンツェに〈新プラトン主義〉を生みだして,ロレンツォ・デ・メディチやポリツィアーノのような詩風がもてはやされた。…

【人文】より

…言語は人の文なり〉(《劉子》慎言)ということばは,言語が人間世界を一つの図象に結び合わせる秩序の糸であることを含意している。なお今日,英語のhumanismの訳語〈人文主義〉の〈人文〉はこの漢語に由来する。天文【谷川 道雄】。…

【ツェルティス】より

…ドイツの人文主義者。ドイツ人文主義の父と呼ばれるR.アグリコラの弟子で,詩人として優れ,1487年皇帝フリードリヒ3世によってドイツ人として最初の桂冠詩人に選ばれた。…

【批評】より

…ルネサンス期には,カトリック教会の中世的価値の秩序が危機にひんしていた。そのことが一方では宗教改革,他方では人文主義の活発な批評的精神を生み出した。もちろん宗教改革と人文主義とをその意味で比較するのは,それだけでも複雑な大きな仕事であって,ここではできない。…

【ヒューマニズム】より

… ヒューマニズムという言葉は,本来ラテン語のhumanitasに由来する西欧語humanism(英語),humanisme(フランス語),Humanismus(ドイツ語)からの翻訳語として日本に入ってきた。しかし人間主義,人本主義,人文主義などの漢語による翻訳語が定着せず,片仮名でヒューマニズムと表記されて,そのまま外来語として通用するようになったときには,本来の西欧語がもっていた意味とはやや違った意味を帯びてきたように思われる。西欧語のさまざまの辞典を見ると,〈一般的には人間の人間らしさ,つまり人間性を尊重する心的態度を指すが,特殊的には西欧のルネサンスに固有な,ギリシア,ラテンの古典の学習を通じて人間形成をはかろうとする教養理念を指す〉という説明がきまって出てくる。…

【フランス文学】より

…イタリアの先進文化がしきりに移入され,ギリシア・ローマの古典を文献学的に厳密に研究するとともに,そのなかに新しい人間の生き方を探ろうとするユマニストの活動が活発に行われた。一方また,中世末期の教会の腐敗堕落を厳しく批判し,キリスト教の純化を目ざす改革運動も進められ,ユマニスム(人文主義)は宗教改革運動とも連動する。そして信仰上の対立の果てに,世紀の後半になると,流血の抗争にいたった宗教戦争が,ユマニストのみならず,すべての文学者に難問を投げかけるのである。…

【ラテン文学】より

…キリスト教未公認時代最大のキリスト教ラテン作家はテルトゥリアヌスであったが,後世に与えた影響はキプリアヌスの方が大きかった。313年のキリスト教公認を境に,4世紀から5世紀にかけて,《マタイによる福音書》を叙事詩にしたユウェンクスJuvencus,雄弁家ラクタンティウス,賛美歌作者で人文主義に反対した神秘主義者アンブロシウス,古代最大のキリスト教ラテン詩人プルデンティウスとその後継者ノラのパウリヌスなどが活躍したが,古代最大の2人のキリスト教作家も続いて現れた。一人は,全古典作家に精通した人文主義者である一方,聖書をラテン語に翻訳して,異教の伝統とキリスト教とを照応させたヒエロニムス,もう一人はヨーロッパ最初の自叙伝《告白》と,《神の国》などの著作で名高いアウグスティヌスである。…

※「人文主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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