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アダム マリシュ Adam Malysz

現代外国人名録2012の解説

アダム マリシュ
Adam Malysz


国籍
ポーランド

専門
元・スキー選手(ジャンプ)

トピック
ソルトレークシティ五輪・バンクーバー五輪スキージャンプ銀メダリスト

生年月日
1977/12/3

出生地
ポーランド ウィスワ

経歴
ノルディック複合をやっていた叔父の影響で、6歳の時ジャンプを始める。屋根職人の職業高校へ進み、17歳でポーランドのナショナルチーム入り。1995年から国際大会に出場。’98年の長野五輪では50位以下に終わるが、その後クラクフ大学の生理学者と心理学者による特別チームに支えられ実力をつける。2000〜2001年のシーズンではノルディックスキーのW杯ジャンプでポーランド人初の総合優勝を達成。2002年ソルトレークシティ五輪ノーマルヒルで銅メダルラージヒル銀メダル、団体は6位。2003年世界選手権ノーマルヒル、ラージヒルで金メダル。2001〜2002年、2002〜2003年のW杯も総合優勝し、史上初の3季連続王者に輝いた。2006年トリノ五輪ではノーマルヒル7位、ラージヒル14位に終わる。2006〜2007年はW杯で9勝を挙げ、4シーズンぶり4度目の総合優勝。2007年世界選手権ノーマルヒルで、2001年、2003年大会に続き3度目の優勝を果たす。2010年バンクーバー五輪ではノーマルヒルとラージヒルで銀メダルを獲得。2011年世界選手権ノーマルヒルで銅メダルを獲得し、シーズン終了後、引退。W杯通算39勝はマッチ・ニッカネンに次いで歴代2位。五輪では銀メダル3個、銅メダル1個を獲得。世界選手権は4勝。169センチと小柄ながら爆発的な瞬発力を備えた“パワー型ジャンパー”の象徴で、長野五輪後のジャンプ界に一時代を築いた。ポーランドの国民的英雄で、口髭がトレードマークだった。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報

最新 世界スポーツ人名事典の解説

アダム マリシュ
Adam Malysz
スキー

スキー選手(ジャンプ)
生年月日:1977年12月3日
国籍:ポーランド
出生地:ウィスワ
経歴:ノルディック複合をやっていた叔父の影響で、6歳の時ジャンプを始める。屋根職人の職業高校へ進み、17歳でポーランドのナショナルチーム入り。1995年から国際大会に出場。’98年の長野五輪では50位以下に終わるが、その後クラクフ大学の生理学者と心理学者による特別チームに支えられ実力をつける。2000〜2001年のシーズンではノルディックスキーのW杯ジャンプでポーランド人初の総合優勝を達成。2002年ソルトレークシティ五輪ノーマルヒルで銅メダル、ラージヒルで銀メダル、団体は6位。2001〜2002年、2002〜2003年のW杯も総合優勝し、史上初の3季連続王者に輝いた。2003年世界選手権ノーマルヒル、ラージヒルで金メダル。2006年トリノ五輪ではノーマルヒル7位、ラージヒル14位に終わる。2006〜2007年はW杯で9勝を挙げ、4シーズンぶり4度目の総合優勝。2007年世界選手権ノーマルヒルで3度目の優勝を果たす。2010年バンクーバー五輪ではノーマルヒルとラージヒルで銀メダルを獲得。2011年世界選手権ノーマルヒルで銅メダルを獲得し、シーズン終了後、引退。W杯通算39勝はマッチ・ニッカネン(フィンランド)に次いで歴代2位。五輪では銀メダル3個、銅メダル1個を獲得。世界選手権は4勝。169センチと小柄ながら爆発的な瞬発力を備えた“パワー型ジャンパー”の象徴で、長野五輪後のジャンプ界に一時代を築いた。ポーランドの国民的英雄で、口髭がトレードマークだった。

出典 日外アソシエーツ「最新 世界スポーツ人名事典」最新 世界スポーツ人名事典について 情報

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