コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

シェレーピン Shelepin, Aleksandr Nikolaevich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シェレーピン
Shelepin, Aleksandr Nikolaevich

[生]1918.8.18. ボロネジュ
[没]1994.10.24.
ソ連の政治家。 1940年共産党に入党。モスクワ歴史・哲学・文学専門学校在学中に粛清に加担。 41年同校卒業後共産主義青年同盟を指導,58年国家保安委員会議長,ウクライナ民族主義指導者のバンデラをミュンヘンで殺害させた。 61年解任され労働組合議長に任命,64年党幹部会員となる。 67年全ソ労働組合中央評議会議長。 L.I.ブレジネフ党書記長のデタント外交に不満であったといわれる。 75年労組代表団を率いて英国を訪問した際ウクライナ人,ユダヤ人の大デモに会い,それが原因となり帰国後4月党政治局員 (旧幹部会員) ,5月労組中央評議会議長を解任された。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シェレーピン
しぇれーぴん
Александр Николаевич Шелепин Aleksandr Nikolaevich Shelepin
(1918―1994)

ソ連の政治家。ボロネジの鉄道労働者の家庭に生まれる。1940年以来共産党員で、コムソモール(共産青年同盟)で活動し、1952年同第一書記に就任すると同時に党中央委員となる。1958年国家保安委員会(KGB)議長となって秘密警察を指揮。1961年党書記局員、1962年副首相兼党・国家統制委員会議長、1964年党幹部会員(のち政治局員と改称)となるなど順調に昇進した。しかし1965年党・国家統制委員会廃止に伴って副首相を解任され、1967年には書記局員をも解任されて全連邦労働組合評議会議長へと転出し、1974年には政治局からも労組議長職からも解任された。ブレジネフとの権力闘争に敗れたためだとする観測が有力である。[塩川伸明]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

シェレーピンの関連キーワードグリシン(Viktor Vasil'evich Grishin)KGB(ケージービー)8月18日

今日のキーワード

大義

1 人として守るべき道義。国家・君主への忠義、親への孝行など。「大義に殉じる」2 重要な意義。大切な事柄。「自由平等の大義を説く」...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android