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粛清 しゅくせい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

粛清
しゅくせい

政党,政治結社において,理論上,あるいは政策上の対立内部論争による解決や政治的妥協によって収拾するのではなく,一方が他方を組織から排除,追放して政治的に抹殺し組織の純化をはかること。特に革命運動とそれをになう組織のなかに典型的なものがみられる。対立する双方の自己絶対化,権力欲,個人的怨恨などが重なり合い,理論,政策上の対立は行政的に処理され,清される側は,しばしば「敵のスパイ」や「反革命」などのレッテルをはられて政治的破滅に追込まれる。古くは O.クロムウェルや M.ロベスピエールの独裁下にもみられたが,レーニン死後のソ連共産党およびスターリンによる一連の粛清が,その規模と影響によって最も深刻である。第2次世界大戦後は「チトー主義者」の粛清,中国共産党内における劉少奇林彪の失脚がある。

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デジタル大辞泉の解説

しゅく‐せい【粛清】

[名](スル)厳しく取り締まって、不純・不正なものを除き、整え清めること。特に、独裁政党などで、一体性を保つために反対派を追放すること。「反対派を粛清する」「血の粛清

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世界大百科事典 第2版の解説

しゅくせい【粛清 purge】

政治団体や秘密結社などの内部で,組織の一体性や純粋性を保持するために,異分子を排除すること。その方法として,成員中の反対派,潜在的対抗者を除名,追放したり,投獄(強制収容所に入れるなど)や政治裁判によって処刑したりする。粛清は独裁国家や社会主義国家において多くみられる。それは政治権力が1人あるいは1党に限られ,他の勢力の存在を認めないという性格による。 労働者階級前衛党であると自己規定する共産主義政党は,とくに権力を掌握したのち,自己の内部に出世主義者,イデオロギー的偏向者,動揺分子,他の政党の出身者,さらに異質な階級の人物が入りこむ可能性があるとして,コミンテルンは各国共産党に定期的な粛清を義務づけた。

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大辞林 第三版の解説

しゅくせい【粛清】

( 名 ) スル
厳しく取り締まって、乱れや不正な者を除くこと。特に独裁政党などにおいて、反対派を追放すること。 「血の-」 「反対分子を-する」 〔同音語の「粛正」は厳しく取り締まって不正を正すことであるが、それに対して「粛清」は厳しく取り締まって不正な者や反対派を排除することをいう〕

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

粛清
しゅくせい
чистка chistka ロシア語
purge英語

本来の意味は、組織的な点検による共産党員としてふさわしくない者の党からの追放である。旧ソ連共産党は、権力についた党には内部に腐敗がおこるので、定期的な浄化が必要であるという考えにより、党規約に粛清の制度を定め、1921年から36年まで何回か特別委員会をつくって全党員を点検し、党内から腐敗分子を追放する措置をとってきた。しかしスターリンが党の指導権を確立した20年代末から、粛清の制度は、当時の路線に批判的な者を党から追放するために利用され、混乱を招いたので、39年の規約改正で粛清の制度は廃止された。以後ソ連では、腐敗分子の追放は規約の定める通常の手続で個別的に行われていた。
 粛清は西側諸国の文献では別の意味でも用いられている。すなわち1920年代から50年代初めまで、旧ソ連では路線、政策をめぐる論争で少数派の幹部が党と政府の要職を解任され、とくに30年代には当時の党規約の定める粛清の手続によらず、多数の幹部が違法に逮捕され、そのなかには殺された者が多く、同じ事態は50年代に若干の東欧諸国でもおき、そのため西側諸国で「血の粛清」ということばが生まれた。中国では50年代なかばの反右派闘争のとき、毛沢東(もうたくとう/マオツォートン)に批判的な多数の知識人が弾圧され、60年代なかばから70年代なかばの「プロレタリア文化大革命」時代には、反毛沢東派の多数の幹部が弾圧され、毛沢東の死後は逆に彼の側近が逮捕され、党内の毛沢東派の多数の幹部が失脚したが、西側諸国の文献ではこれらの例も粛清とよばれている。
 大半の社会主義国では1950年代なかばに、党内での意見の違いを少数派の組織的排除と弾圧で解決する過去の実践が非難され、以後このような事態はなくなっており、西側諸国の使う意味での粛清はない。しかしベトナム労働党は、ベトナム戦争後の70年代なかばに、党の強化のため非党員の参加のもとに全党員を点検し、不良党員を追放する運動を行った。このような本来の意味での粛清は、他の若干の社会主義国でも行われている。[稲子恒夫]

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世界大百科事典内の粛清の言及

【除名】より

…また主流派と反対派とが相互に相手を除名しあうことにより,組織体が分裂することもまれに存在する。 除名がとくに大きな政治的意味をもつのは,イデオロギー的基盤が強固な政治組織,とくに社会主義,共産主義運動や特定のイデオロギーを標榜する一党制国家においてであり,その場合の除名は〈粛清〉とよばれている。1927年のトロツキーのロシア共産党からの除名や,1948年のコミンフォルムからのユーゴスラビア共産党の除名などが有名である。…

【大粛清】より

…1930年代後半のソ連邦においてスターリンが行ったソ連邦共産党幹部や軍人,知識人,大衆に対するテロルを指し,主として〈西側〉の諸国で用いられる呼称。粛清とは元来プロレタリアの前衛党の党員としてふさわしくない人物を党から除名することを意味するもので,テロルとは無関係な概念であった。 1917年の革命後21年までに共産党以外の党派が消滅し,30年ごろまでに分派の禁止措置により党内反対派やグループが禁じられ,スターリンの支配が形成された。…

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