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セポイの反乱 セポイノハンラン

デジタル大辞泉の解説

セポイ‐の‐はんらん【セポイの反乱】

1857年、インドで起きた英国東インド会社の傭兵(セポイsepoy)の反乱。農民も合流して拡大したが、1859年に鎮圧された。英国のインド支配強化をもたらしたが、インドの民族独立運動の原点ともなった。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

世界大百科事典内のセポイの反乱の言及

【インド】より

…この時期の政治と法には当初試行錯誤的な施策が多かったが,19世紀になるとベンサム学派の思想の影響が顕著になったことが指摘されている。 次いで1858年,インド大反乱(セポイの反乱)の衝撃を受け,イギリスは東インド会社を廃止してインドを政府の直轄下におき,その後行政,軍事,司法の改革を行い,支配体制を再編成した。行政の面では,3管区以外にも州を新設して長官を派遣し,総督以下の管理体制を明確化して整備した。…

【インド大反乱】より

…インド亜大陸においてイギリス支配に反抗して1857‐59年におこった反乱。この反乱を最初に引き起こしたのがイギリス東インド会社の傭兵(シパーヒー)であったため,シパーヒーの反乱,また日本ではセポイの反乱と呼ばれてきた。しかし20世紀初めのインド民族運動の中からこの反乱がシパーヒーのみに担われたものでなく,全民族的な抵抗の第一歩であるとする見方が生まれ,現在のインド,パキスタンの歴史の見方にほぼ継承されている。…

【シパーヒー】より

…48年イギリス人ロレンスがこれをまねてイギリス式訓練を受けたインド人の正規軍をつくりあげた。1857年彼らの反乱(インド大反乱(セポイの反乱))は有名。【長崎 暢子】。…

※「セポイの反乱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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衣笠祥雄

[生]1947.1.18. 京都プロ野球選手。京都の平安高校時代,捕手として甲子園に出場。高校卒業後,1965年広島東洋カープに入団。内野手に転向し,1970年 10月 19日の対読売ジャイアンツ (...

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