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テオドロス[1世] Theodōros I.Laskaris

世界大百科事典 第2版の解説

テオドロス[1世]【Theodōros I.Laskaris】

?‐1222
ビザンティン帝国の皇帝。在位1204‐22年。アレクシオス3世の義理の息子。1204年4月の第4回十字軍による首都陥落後アナトリアのニカエアに逃れ,この地にビザンティン帝国の残存勢力を結集し亡命政権を樹立。1211年ルーム・セルジューク軍を破り,ラテン帝国と和平条約(1214)を,ベネチアとは友好条約(1219)を締結してその地位を確立し,ニカエアをビザンティン帝国復興運動の拠点とすることに成功した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のテオドロス[1世]の言及

【ビザンティン帝国】より

…落ち延びたビザンティン貴族はそれぞれ,トレビゾンド帝国,ニカエア帝国,エピロス帝国をつくった。 ニカエアのテオドロス1世(在位1204‐22)とその後継者たちがしだいに支配を固めたのち,ミハエル8世(在位1259‐82)が,ベネチアの対抗勢力ジェノバの援助をうけてコンスタンティノープルをラテン皇帝から奪回した(1261)。だが再建ビザンティン帝国に挑戦を試みるバルカンの両南スラブ人国家,コンスタンティノープルで権益を独占するベネチア人,ジェノバ人に加えて,国内的にはパラマス主義(ヘシュカスモス)をめぐる争いで当時の宗教・思想界は二分し,テッサロニキのゼーロータイ支配(1342‐50)をはじめ,トラキア諸都市では社会的対立が激化した。…

【ラテン帝国】より

…ボニファチオは小アジアに領土を割り当てられたが,ヨーロッパ領域との振替えを要求して認められ,残存ギリシア貴族の抵抗を排除して,テッサロニキを中心とする支配領域(1209年以後〈王国〉)をつくり,また彼の主導でギリシア中・南部の征服が,在地ギリシア貴族を排除ないし帰順させながら推進され,アテネ公国アカイア大公国が成立した。 ボードアン1世がブルガリア皇帝のカロヤンKalojanにアドリアノープルの戦で敗北して捕虜となった(1205)後,後継者の弟アンリHenri de Hainau(在位1206‐16)はブルガリア人を討ってトラキアの支配を固め,小アジアでもニカエア帝国のギリシア皇帝テオドロス1世(ラスカリス)と戦って領土を広げ,国威は伸張した。しかしアンリ帝死後,後継者に指名されたその姉妹ヨランデYolande de Hainautの夫ピエールPierre de Courtenayは,西方からコンスタンティノープルに赴く途次アルバニア山中でエピロス帝国のギリシア皇帝テオドロス1世に捕らえられ(1217),息子のロベールRobert de Courtenay(在位1221‐28),続いて後者の弟ボードアン2世(在位1228‐61)と,いずれも幼少で即位した皇帝のもとでラテン帝国は急速に衰退し,小アジアの領土およびレスボス,キオス,サモスをニカエア帝国によって奪われ,トラキアでは同帝国およびエピロス帝国によってコンスタンティノープル周辺に支配を狭められた。…

※「テオドロス[1世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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