古くは,物事の正しい筋道の意で,《今昔物語集》や《愚管抄》にその用例が見える。また,文章やことばの〈意味〉という使われ方もあった。中世末期の《日葡辞書》には,すでに,〈良い道理〉とともに〈礼儀正しさ,律義さ〉という意味があげられているが,この言葉が,対人関係上,守り実践しなければならない道義をさすものとして特に重んじられるようになるのは,近世社会においてである。近世初めの儒者林羅山は,〈人ノ心ノ公平正大ニシテ,毛ノサキホドモ人欲ノ私ヲマジヘズシテ,義理ヲ義トスルハ,義ゾ〉(《春鑑抄》)といい,〈義理〉を儒教の〈義〉と結びつけ,世俗的な人間関係における絶対的な道義とした。近世社会では各階層とも,この意味での〈義理〉の関係を重視したが,とくに都市住民である町人のあいだでは生活感情も含めた共有の観念として強く作用した。しかし,そこでは,〈義理〉は,かならずしも,外面的・制度的な倫理のみではない。たとえば西鶴や近松門左衛門の作品に見える義理は,制度的な関係を維持するための倫理というよりも,むしろ人間関係における自発的・私的な倫理であり(《心中天の網島》の治兵衛女房おさんと遊女小春の〈女どしのぎり〉),まさにこの点で〈人情〉との鋭い内的な対立・葛藤を生み出すのである。しかし,他方では,江戸時代を通じて,人間関係の外面的倫理を表現することばとしても多用され,やがて,世間並みの付き合いとしての〈挨拶〉や付き合いの上での〈出費〉そのものまでも含む言葉として定着した。
執筆者:山田 武雄
庶民とくに農民のあいだで使われてきた義理とは,道徳規範というよりも世間並みの付き合いを行うことを意味していた。ことに葬式の際の訪問や会葬することを単に義理と称するところが多い。公けとか世間を意味するクガイという言葉も同様の意で用いられ(公界(くがい)),またはギリクガイなどと併用し親族以外の者が親族並みに正装して葬儀に参列することを指す地方も各地にみられる。また当然のことながら,葬儀の時以外にも用いられ,田植や屋根葺きなどを無償で手伝うことをギリあるいはオツキアイと言う地方もあり,互酬性が期待できる村内生活ならではの用法であろう。また村の慣習をよく守ることを義理堅いと称するところもあり,世間並みの行為を行うことが民俗語としての義理であったともいえる。これはツトメなどと呼ばれる必ずしなければならない義務,例えば村仕事や親族間の交際などについては,ことに分家や子方が本家や親方に対するものなどのように,それを怠っても,直接的な制裁を受けることはない。むしろ,義理は〈義理を知らぬ人〉などとの謗(そし)りを他人から受けないための,自発的な心情からなされる行為であった。
執筆者:岩本 通弥
中国思想のことば。道理ともいう。古典に用例がないわけではないが,これがひんぱんに使われるようになるのは,宋代に新しい儒教(道学)が起こってからである。道学者たちは,義理を追求する自分たちの学問を,出世のための学問や古い訓詁学に対して〈義理之学〉とも呼んだ。そこでいう義理は,社会,人間,事物,古典などにひそむ真理の謂(いい)であり,人間関係のしがらみの場で使われる日本語の〈義理〉とは様相を異にする。なお,中国の学問を義理の学(フィロソフィー)と訓詁の学(フィロロジー)に大きく二分するとらえ方がある。
執筆者:三浦 国雄
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…この主張は,当時,社会の根本的な民主化への努力が実定法の改革を重要な梃子(てこ)として推し進められたのに対して,一般国民が新たに法律上与えられた権利を行使してそれを実生活上のものとする目ざましい力を示さなかったという事情を背景として,直接には権利意識(1)の強化を奨励したものであるが,理論的には,権利意識(2)の欠如をも鋭くつき,法文化の問題を提起したものであった。事実,日本の法文化には,義理の観念に象徴される伝統的な秩序観念が今日もなお生きており,法と秩序のあり方を強くいろどっていることは否定できない。この観念の下では,社会関係の規律は,要求される行為や要求の根拠となるルールを明示することなく,義務者が他者の利益や心情をおもんぱかりみずからしかるべきと考える行為を進んで行うよう社会的圧力を加える,というしかたによってなされるのがよいとされ,権利の主張は,秩序を乱す行為として否定的にしか意味づけられない。…
… 時代と世話では作劇法も異なる。しかし両者に一貫した作劇法も指摘できるわけで,それは〈義理〉の作劇法であった。〈某(それがし)が憂(うれい)は義理を専(もつぱ)らとす。…
…なお,混乱を避けるためにことわっておきたい。現代中国歴史学の通用語として,中国の伝統的な歴史学でいう郡県制の時代を封建制の時代としているのは,まるであべこべの用語法であるが,これは上部構造たる政治体制によってでなく土台たる生産関係によって時代区分(原始共産制時代→奴隷制時代(古代)→封建制時代(中世)→資本主義時代(近代)→共産主義時代)を行うべきだとするマルクス主義理論によっているからである。つまり〈封建〉はfeudalismの訳語として用いられているのであって,この理論によれば,早い説では秦(前246‐前207)以前から,おそい説(日本のマルクス主義史学の一派)では宋代(960建国)から(両説の差1000年!),アヘン戦争(1840)までを封建時代(中世)とし,アヘン戦争以後を半封建・半植民地という特殊中国的近代とする。…
…この二元論的対比が,非欧米社会の典型としてとらえられた日本に機械的に適用されて,恥辱回避傾向としての〈恥の文化〉という類型化がなされたのではあるまいか。
[〈恩〉と〈義理〉]
〈恥〉という文化型の中核としてのエートスethosが,必ずしも日本文化を特色づけるものでないとしたら,何が日本の文化型を規定しているのであろうか。日本人の対人関係を規制するモラルとして,古来,〈恩義〉という観念が存在している。…
※「義理」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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