ハママシケ場所(読み)はまましけばしよ

日本歴史地名大系 「ハママシケ場所」の解説

ハママシケ場所
はまましけばしよ

近世の場所(持場)名。天保郷帳に「ハマヽシケ持場」のうち「ヲタコツ・ヘロカルイシ・テキサマ」とみえる。一七八〇年代にマシケ場所を二分して南部をハママシケ場所として成立(近藤重蔵本「西蝦夷地分間」)。知行主は高橋善兵衛。一七九〇年(寛政二年)ハママシケ場所の区域を南はゴキビル、北はオフイとした。その後マシケ場所と一括となっていた時期もあり、雄冬(おふゆ)以北のヘツカリ・ホロトマリ(現増毛町)に運上屋、ハママシケに出張運上屋が置かれ、知行主は下国兵太郎、場所請負人は阿部屋善八であった。一七九六年両場所を分離し、両場所とも請負人は伊達林右衛門となった。ハママシ(のちにヘロカルイシ)に運上屋を設け、オクリケ、エヤシゲカルシ、テキサマ、ホンクンベツ、ホロクンベツに番屋を設けた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む