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バニャ・ルカ バニャルカ

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百科事典マイペディアの解説

バニャ・ルカ

ボスニア・ヘルツェゴビナ北部の都市。サラエボ北西約140km,ブルバス川沿いにあり,食品・木材加工などの工業が行われる。古代ローマ時代の要塞(ようさい)で,1588年―1638年はボスニアの首都であった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バニャ・ルカ
ばにゃるか
Banja Luka

ボスニア・ヘルツェゴビナ北部の都市。サバ川の支流ブルバス川河畔にある。都市人口18万9700(2003推計)。1991年時点ではセルビア人が人口のほぼ半数を占め、残りの半数がクロアチア人ムスリム人であった。ボサンスカ・クライナ地方の中心地で鉄道・道路交通網の要衝である。ローマ時代の城塞(じょうさい)や浴場跡があり、中世ボスニア王国の中心都市の一つであった。16世紀以降オスマン帝国下に入り、一時はボスナ(ボスニア)州の州都ともなるなど、行政の中心地として発展し、多くのモスクや浴場が建てられた。オーストリア・ハンガリー帝国の統治を経て、第一次世界大戦後はセルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国に編入され、1929年に始まるユーゴスラビア王国期にはブルバス州の州都となった。第二次世界大戦後は工業都市として発展したが、1969年10月に大地震にみまわれ、大きな打撃を受けた。92年から95年までのボスニア内戦時にはセルビア人勢力が軍事拠点を置いていた。ユーゴ紛争を調停したデイトン合意後は、ボスニア・ヘルツェゴビナを構成するセルビア人共和国側に帰属した。[木村 真]

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