翻訳|food
人間の発育,生存のために外部から摂取するもの。一般的には〈有害物を含まず,栄養素を1種類以上含んでいる天然物あるいは人工的に加工したもので,食用に供されるもの〉と定義される。類似のことばに食糧,食料,食物あるいは食べ物などがあるが,食糧あるいは食料というと,生産面を重視し,食品あるいは食物は消費面を重視したときに用いられるのが通例である。また食物については,〈食品と嗜好(しこう)品とを適当に配合して,そのまま食べられるように加工,調理したもの〉と定義して,食品と区別して扱うこともあるが,これらのいずれの語も,相互に本質的な相違があるわけではない。ちなみに〈食品衛生法〉では〈食品とはすべての飲食物をいう。但し薬事法に規定する医薬品及び医薬部外品は,これを含まない〉と規定している。
われわれが日常摂取している食品は1000種を超えるといわれている。これら多数の食品は,生産様式による分類(農産物,畜産物,水産物など),原料による分類(動物性食品,植物性食品など),主要成分による分類,用途による分類など,その視点や目的によって,いくつかの分類方法で分類される。以下,主要な分類について述べる(なお以下の数値は1994年現在)。
農産物,畜産物,水産物などに分けられる。(1)農産物 穀類,豆類,果実類,野菜類などが含まれる。農産物の主要なものは穀類で,各地域で気候に応じて作物化した植物種が栽培されている。中でも生産量が多いのはコムギ,米,トウモロコシで,コムギと米はそれぞれ約5億t,トウモロコシは約6億tが世界中で1年間に生産される。穀類合計では約20億tの生産があり,これを総人口56億人で割ると360kgとなり,これは人間1人当りの必要エネルギー量から計算される200kgを上回る。実際上は,農産物は家畜の飼料としても大量に用いられ,人間の食料と競合している。穀類に次いで生産量の多いのは野菜と果実である。しかし,水分含量が多いので供給エネルギーは少ない。
(2)畜産物 肉類,牛乳などが含まれる。畜産物は,全世界で約1億8000万tの肉類,約5億tの牛乳が生産されている。畜産物は家畜として生産されるので,飼料が大量に必要となる。家畜は,与えられた飼料のエネルギーの約7分の1しか食品として供給しない。畜産物の消費量は生活水準と比例関係にあり,近年の飼料への要求は高い。(3)水産物 魚介類,鯨類,海藻類などが含まれる。水産物は,全世界で1年間に約1億1000万tの漁獲がある。しかし,その大部分は魚粉として飼料にされる。日本でも年間約700万tの漁獲があるが,食品となるのは約400万tにすぎない。1人当りにすれば約30kgである。(4)その他の食品 キノコ類,山菜類などの林産物,食塩などの鉱物性食品,油脂類,調味料,香辛料,嗜好飲料,菓子類,醸造食品,そして化学合成品が含まれる。このうち,鉱物性食品は食塩が主要なものであるが,そのほか,豆腐製造に用いる〈にがり〉など食品添加物として用いられるものがある。化学的合成品は,文字どおり食品添加物であるが,天然のセルロースを化学的につくるカルボキシメチルセルロースなどは,アイスクリームの主成分で,食品といってよい。
植物性食品と動物性食品,鉱物性食品に大別される。植物性食品は一般に炭水化物に富み,このほか植物性タンパク質,ビタミンの供給源となる。しかし,脂肪や良質のタンパク質の含有量は少ない場合が多い。これに対して,動物性食品は一般に脂肪や動物性タンパク質に富む。
栄養素による分類で,厚生省は栄養改善や健康増進の見地から,1981年,摂取栄養素のバランスをとるための食品分類として〈六つの基礎食品〉を発表した。これによると食品は次のように6群に分類されている。
(1)1群 良質のタンパク質に富み,脂肪,カルシウム,鉄,ビタミンA,ビタミンB1,ビタミンB2の供給源となるもの。魚,肉,卵,大豆,大豆製品など。(2)2群 カルシウムを豊富に含み,良質のタンパク質,ビタミンB2の供給源となるもの。牛乳,乳製品,海藻,小魚類など。(3)3群 体内でビタミンAの働きをするカロチンを豊富に含み,ビタミンC,カルシウム,鉄の供給源となるもの。緑黄色野菜。(4)4群 ビタミンCを豊富に含み,カルシウム,ビタミンB1,ビタミンB2の供給源になるもの。淡色野菜,果実など。(5)5群 エネルギー源となり,タンパク質,ビタミンB1,ビタミンCの供給源となるもの。砂糖,米,小麦粉,パン,めん,いも類など。(6)6群 デンプンよりも効率のよいエネルギー源となるもの。油脂類,脂肪の多い食品類。
主食,副食,間食,嗜好食(コーヒーやチューインガムなど)に分類される。主食はエネルギーを供給するために重要で,日本では摂取エネルギーの25%を米から得ている。副食は,タンパク質,ビタミン,ミネラルの供給源として重要である。
日常食,携帯食,非常食,備荒食に分けられる。携帯食(携帯食糧)は,水分を除いて軽量化したものと,調理を要せずすぐ食べられるものに分けられる。非常食は長期保存が可能なように加工した食品で,凍結乾燥し,窒素ガスを充てんした缶詰は,30年以上も保存可能である。しかし,最近では日本を含め先進諸国では,携帯食および非常食がインスタント食品として日常食にとり入れられている。備荒食とは,昔,飢饉のときに食した食料で,木の芽,野草,淡水魚などが含まれるが,アルカロイドなど有毒物質を含むものが多く,調理に十分注意をする必要がある。
なお,以上のほかに,〈栄養改善法〉によって規定された特殊栄養食品がある。特殊栄養食品は,強化食品ならびに特別用途食品に大別される。強化食品には米,押麦,小麦粉,食パン,ゆでめん,乾めん,即席めん,みそ,マーガリン,魚肉ハム,魚肉ソーセージなどがあり,特別用途食品には,低ナトリウム食品,低カロリー食品,低タンパク食品,無乳糖食品,アレルギー疾患用食品,糖尿病食調整用組合せ食品,肝臓病食調整用組合せ食品などがある。
食品は加工の有無によって,生鮮食品,貯蔵食品,加工食品に分けられる。また,価値観をも含めて,〈健康食品〉〈自然食品〉といわれる一群の食品群もある。以下,これらのうち主要なものについて述べる。
(1)生鮮食品 貯蔵,加工処理をせずに食用とする食品群。しかし近年,穀類では防虫処理,果実では防菌処理,野菜では防腐処理が,水産物でも貯蔵処理が施され,厳密な意味での生鮮食品は少なくなってきている。
(2)加工食品 食品の品質保存,有効利用,安定供給を目的として,さまざまな手段,方法を用いて,原料食品を加工し,処理したものである。加工食品には,農・畜産物を直接原料にして,物理的あるいは微生物による処理,加工を行った一次加工食品(精米,精麦,精粉,原糖,みそ,しょうゆ,酒類など)と,一次加工によって製造された業務用製品を1種あるいは2種以上用いて加工した二次加工食品(パン,精製糖,めん,マーガリン,ショートニング,マヨネーズなど),さらに2種類以上の一次,あるいは二次加工品を組み合わせて加工した三次加工食品(冷凍食品,調理済食品,製菓,嗜好飲料など)がある。
一方,多様化した現代社会の風潮を反映して,スポーツドリンク,コピー食品なども出回っている。コピー食品とは,まったく異なる原料を用いて,本物に似せて作る加工食品の一つである。海藻からの抽出成分で作るイクラ,たらことサメの卵巣を練り合わせて作るからすみ,タラバガニを思わせるカニ風味かまぼこ,イミテーションミルク,グルテン利用のしぐれはまぐり,無果汁清涼飲料水など,コピー食品はかなりの数に及んでいる。
これらの加工食品は,製造,保存,流通,分配の過程で,微量栄養素のあるものが破壊されたり,あるいは消失してしまうものもある。とくに,微量栄養素であるビタミン類などについては,その危険性は大きい。さらに,製造法が個々の加工食品によって異なり,その素材の組成も示されていないことから,含まれる栄養素の質ならびに量は,それぞれの製品によってまちまちである。それゆえ,栄養価がどうなっているかをうかがい知ることは不可能に近い。〈食品衛生法〉は缶詰や食肉製品など一部の食品のみについて,原材料の表示を義務づけているが,加工食品については,食べる寸前の栄養価を表示することが強く望まれる。
(3)健康食品 〈健康食品〉の定義,範囲は必ずしも明らかではない。しかしながら,国民生活センターが,1978年7月にとりまとめた《健康食品--その問題点を考える》によると,健康食品は通常の食品に比べて,その常在成分に特徴があるというもの,すなわち〈通常の食品より積極的な意味での保健,健康の保持,増進などの目的をもった食品,少なくとも,そうした効果を期待される食品〉と定義されている。これら〈健康食品〉と呼ばれるものには,ある種の栄養素が主成分であるものと,薬効成分が入っているものの2通りあると考えられる。
栄養素が主成分であるものの場合,それを用いたことによって,体の調子がよくなったということが,もしあったとすれば,それは,その人の栄養素摂取のバランスが崩れていたためではないかと考えられる。
一方,ある種の薬効成分が入っているものについては,薬効を期待することになるので,薬品の範疇(はんちゆう)に入るし,多量に摂取すれば当然副作用がでてくることになる。前述のように,食品を〈人間の健康や生命を維持,増進させるもの,また,栄養的な価値をもつもの,嗜好を満足させるもの,さらに,安全なもの〉と定義すれば,このように〈薬まがいのもの〉は食品でないともいえる。
〈健康食品〉は効能,効果をうたって,医薬品と食品を混同させているばかりでなく,その効能や効果に,論理的に不合理な面をもつものも少なくない。さらに,うたわれている効能,効果について,栄養学的,医学的な実験,観察による評価も行われていないのが現状である。少なくとも〈健康食品〉という以上,含まれている有効成分を表示する必要があるだろう。
(4)自然食品 化学肥料や農薬を使用せずに栽培し,その後の貯蔵・加工段階でも薫蒸剤や食品添加物を用いない食品を〈自然食品〉という。1960年以後に登場してきた。米国では〈オーガニック食品〉といい,厳しい認証制度がある。日本では,栽培段階で,農薬と化学肥料双方を使用しないものを〈有機農産物〉,農薬を使用しないものを〈無農薬農産物〉,化学肥料を使用しないものを〈無化学肥料農産物〉という。
食品は害虫や微生物にとってもよい栄養源となる。例えば,西アフリカ地方では,収穫した穀物の20%は収穫後の変質で捨てられている。微生物の生育は,温度,水分,酸素分圧,pH(水素イオン濃度)によって影響され,温度30~40℃,水分活性0.8以上,pH5~7で生育が促進される。貯蔵法は,これらの条件の範囲外に食品をおくことを原則とする。各種の貯蔵法を表に示した。近年,殺菌技術として高温短時間殺菌法,包装技術では多層積層フィルムの開発などにより,加工食品を包装食品として長期に保存することが可能となった。このほかに,放射線の効果を利用した食品の貯蔵法もあり,バレイショの発芽防止と,香辛料の殺菌が実用化されている。食品の変敗には,微生物によるもののほか,食品成分,とくに油脂の酸化によるものがあり,防止法として,酸化防止剤の利用,窒素ガス充てん包装,脱酸素材の利用などがある。
食品は加工することにより保存性が増し,美味になる。穀類は精白することにより不消化部のぬかを除き,水とともに加熱することにより消化性を増す。人類は,動物の肉がたき火の煙であぶられると保存性とうまみが増すことを知り,加工食品を次々と発明した。食品加工は大きく分けて,そのままでは食べにくい原料から不消化部分を除いたり,加熱などで消化性を増すものと,原料から特定成分を取り出し,新しい食品をつくるものに分けられる。前者には,精米,精粉などがあり,後者には製油,豆腐製造,チーズ製造,水産練製品などがある。また,これらに属さない食品加工法に発酵がある。微生物のもつ酵素作用により原料を改質するもので,みそ,しょうゆ,納豆などの発酵食品が日本においてとくに発展した。食品加工には多くの利点があるが,加工過程で一部の栄養素が失われることがある。とくに穀類ではとう(搗)精によりビタミンB1が失われる。そこで,失われた栄養素を加工後に添加する強化食品が製造されている。
われわれはみずからの健康や生命を維持するために,食品を身体のつごうのよいように選択し,加工,調理して摂取している。そのために,どのような食品を,どのように加工,調理するかによって,健康に大きな影響を与えることになる。
(1)消化のよい食物 われわれは,食品材料を加熱,調理することによって,食べやすくすると同時に,デンプンやタンパク質などに変化を起こさせて,消化されやすいようにしている。かつて,〈消化がよい〉ということは,食品そのものの消化吸収率がよいことだといわれた。しかし,消化吸収率のよしあしは,加工・調理法によって,大きく左右されることが明らかになっている。例えば,玄米の消化吸収率は90%であるが,白米にすると98%にもなるという。また大豆タンパク質の消化吸収率は,煮豆68%,きな粉83%,納豆85%,みそ85%,豆腐95%であるという。現在では,細かく切ったものほど,さらに軟らかにしたものほど消化吸収率はよいとされている。一方,腹部膨満感を起こすようなもの,あるいは胃内停滞時間の長いものは消化が悪いといわれてきた。しかし現在では,胃内停滞時間の長短と消化吸収率の良否とは,まったく別の問題であることも明らかにされている。
摂取した食物が,体内に入って実際に利用される割合は,食品の質ならびに量,その組合せ,処理の仕方,さらに身体状況によって大きく左右される。したがって,食べ物の消化の良否を単に食品の消化吸収率の良否で判断することは妥当でない。
(2)調理による消化率の変化 日常使用している食品の大部分は,加工,調理の過程を経て食卓に提供されている。この加工,調理の操作は,現在では栄養学的に見た場合に,必ずしも合目的なことばかりとはいい切れない場合も見かけられる。とくに加工食品の場合,見ばえなどをよくするために,色素類,保存剤,造形剤などの食品添加物が添加されているが,消化,吸収を考えた栄養上の目的よりは,商品としての価値観を高める目的で,加工処理されている場合も少なくない。
一般に食品を調理した場合に,消化率がどのように変化するかということについては,試験管内の反応系で,消化酵素を用いた消化状態が観察されている。食品の加工,調理の操作が千差万別であるので,その原則的で基本的な事項についてのみ知見が得られているに過ぎないが,よく知られている例として,デンプンの加熱調理がある。生デンプンは水には溶けないので,消化酵素の作用は受けにくい。デンプンに水を加えて加熱すると,デンプンのアミロース,アミロペクチンを構成している糖鎖(ブドウ糖が鎖状に連なった構造)のミセル構造が壊れて,デンプンは膨潤し,α-デンプンの状態になる。この現象を糊化(こか)という。いったん加熱して糊化したデンプンでも,そのままに放置しておくと,しだいに粘りがなくなって,また元の状態(β-デンプン)にもどる。この現象をデンプンの老化という。α-デンプンの状態は,消化酵素によって消化されるが,β-デンプンの状態では消化されにくい。
タンパク質の消化,吸収は,タンパク質の種類によって異なる。一般に,タンパク質を適当に加工,調理すると,アミノ酸などが遊離してきて味もよくなり,また,消化酵素の作用も受けやすくなる。しかしながら,加熱しすぎたりすると,脂肪や糖質などと複雑な化合物を作り,かえって消化が低下することもある。
(3)消化のよい食べ方 消化吸収効率という点でいえば,食品を選び,適切な加工,調理を加えるだけでは十分とはいえない。食事の際の環境条件や身体条件を整備してはじめて,〈消化のよい食べ方〉が完成する。
わたしたちの身体内の栄養素を処理する代謝機構は,神経系あるいは内分泌系によって微妙に調節されている。また,食事をとることについては,満腹感や空腹感などの,いわゆる〈栄養感覚〉と関連した食事行動の問題も考慮する必要がある。おいしいものが,必ずしも消化のよい状態を招来するとはいい切れないが,消化効率が悪くても,これらのある種のものがもつ,消化管の運動を高めたり,消化液の分泌を亢進させたりする作用も無視できない。食品の加工・調理方法は千差万別なので,消化器官をはじめ,身体状況に見合ったものを,時と場合を考慮して,バランスよく,おいしく,楽しく食べることが必要である。バランスのとれた食事をするためには,(a)数多くある食品群からバランスよく,それぞれの栄養素をとること,(b)朝,昼,夕と規則的に,バランスよく食事をすること,(c)日常の生活のなかで,運動(労働),休養,食事のバランスをとること,の3点を配慮することがたいせつである。
病的状態と食事の関係については,すでにヒッポクラテスが指摘している。病的現象は,摂取する栄養素の欠乏あるいは過剰によってもたらされることが少なくない。
かつて日本では,栄養素欠乏症が大きな問題であった。栄養素やカロリー量が全般的に欠乏しておこる栄養失調をはじめ,ビタミンの欠乏による夜盲症(鳥目),脚気,くる病などがしばしばみられた。しかし,現在ではむしろ,栄養素摂取過剰と偏食などによる食事摂取の乱れが問題になってきている。いわゆる成人病の増大に伴って,これらの疾患と食事の問題が注目されている。食事摂取量の変化と疾病の好例として,糖尿病があげられる。食糧事情が極端に悪かった第2次大戦時には,糖尿病は激減した。しかし,その後は食糧事情の好転に伴って,糖尿病の罹患率は増大している。疫学的調査によれば,低コレステロール血症は脳卒中(とくに脳出血)を起こしやすく,逆に高コレステロール血症は心筋梗塞を起こしやすいといい,血清コレステロール値とこれらの疾患の発生率の間に相関関係があることが報告されている。また同じ疫学的調査から,食塩摂取量と高血圧の関係も明らかにされている。食塩摂取量の多い地域あるいは集団では,高血圧症や,それによる合併症の発生率が高い。ラットによる動物実験でも,食塩を与えることによって,高血圧症をつくることができ,逆に減塩によって血圧を降下させることができる。食塩と血圧の関係については,腎臓や副腎などの機能も関与している。その機序が複雑なため,必ずしも解明されているわけではないが,強い関係のあることは疑いない。そこで高血圧症の食事療法として,食塩制限が重要なものとして取り扱われている。このほか,砂糖のとりすぎと虚血性心疾患,高カロリー食による肥満の問題などが大きな問題として指摘されている。
食品の安全性を確保することを食品衛生というが,食中毒や食品汚染,癌原性物質などによる慢性疾患の発生などが問題となっている。日本では1947年に〈食品衛生法〉が制定され,食品の製造,管理などについて細かく規定されているが,食品による危害を未然に防止することは容易ではない。以下,食品の安全に関し,問題となる食中毒,食品汚染,癌原性,および食品の安全性確保のための食品衛生行政について解説する。
(1)食中毒 食中毒の定義は必ずしも明確ではないが,有毒な微生物や物質を食品とともに摂取した結果生ずる異常をいい,一般に発症は急激である。食中毒は細菌によるもの,化学物質(有害金属その他)によるもの,自然毒(フグやキノコその他)によるものの三つに大別され,細菌によるものは,さらに,細菌が繁殖した食品を摂取したために,急性の感染症をひき起こす感染型食中毒(サルモネラ菌,腸炎ビブリオなど)と,食品中に細菌の毒素が産生され,それによって中毒がひき起こされる毒素型食中毒(ブドウ球菌,ボツリヌス菌など)に分けられる。上下水道,廃棄物処理など,公衆衛生施設の整備に伴って,これらの食中毒は減少しているが,現在でも食中毒の発生は跡を絶たない。
→食中毒
(2)食品汚染 いわゆる〈食品公害〉といわれるもので,外因性の有毒物質による汚染をいう。有害物質の人体への侵入は呼吸による気道を経由するものを除くと,90%が経口的に行われる。PCBによる油症,ヒ素ミルク事件,BHCによる乳製品の汚染などが有名であるが,これら食品汚染には大きくみて,二つの系統がある。一つは,食品の生産,加工の過程で意識的に用いられた化学薬品が混入するもので,防腐剤,人工着色料,酸化防止剤などの食品添加物や農薬による汚染が含まれる。ほかの一つは,広く環境を汚染する産業廃棄物や残留農薬が食品に混入するものである。大気汚染,水汚染,土壌汚染などの公害によって,自然環境が汚染され,これら有害物質が農作物に直接吸収されたり,生物濃縮つまり,自然界の食物連鎖によって相対的に高濃度となった有害物質が,魚介類や家畜などに蓄積され,これらを人間が食品として摂取することによって,健康障害がひき起こされる。代表的なものとしては,メチル水銀の水汚染によって,魚介類が汚染されて起こった水俣病や新潟水俣病,鉱山排液に含まれたカドミウムが米を汚染して起こったイタイイタイ病,ヒ素の土壌汚染によって起こった土呂久の慢性ヒ素中毒,残留農薬BHCが農作物に吸収されて起こった有機塩素剤中毒などがある。このほか,PCBやフタル酸エステル,放射性物質による汚染も問題となった。
→公害 →公害病
(3)癌原性物質(発癌物質) 食品に含まれる発癌物質には,食品そのものに含まれる場合,調理の過程で発生する場合,食品添加物そのものがもつ場合など,いくつかの系統がある。
食品そのものに含まれる例には次のようなものがある。フキノトウ(アルカロイドのペタシテニン),ワラビ(フラボン誘導体),ソテツの実(サイカシン),マッシュルーム(ヒドラジン類)などである。これら,食品に含まれる癌原性物質については,実験的にはその癌原性が明らかにされているが,異常に多量に摂取するのでないかぎり,日常的には問題にはならない。
調理の過程で発生するものにもいくつかある。魚や肉の〈こげ〉に含まれるTrp-P-1はタンパク質やアミノ酸が熱分解して生成されるものであるが,癌原性をもつことが報告されている。タンパク質が調理の過程で加水分解されると,高い癌原性物質ができる場合もある。糖の加熱産物であるカラメルも癌原性があるといわれるが,微生物に対しては突然変異誘起性を示すが,ラットでは癌原性を示さない。このほか,ヒトに癌原性を示すものには,12-OH-ステアリン酸,γ-デカノラクトン,4-ケトデカノイン酸,12-オキソオレイン酸など多価不飽和脂肪酸類がある。また動物性脂肪のとりすぎは,乳癌,膵臓癌,大腸癌,子宮体癌,卵巣癌などの発生率を高めるという疫学的報告もある。
食品添加物としては,AF-2が有名である。AF-2(フリルフラマイドの商品名)は,一時,食品の防腐剤として広く用いられたが,ラットで癌原性が確認され,ヒトのリンパ球の染色体にも異常を示すという報告もでるに及び,1974年,食品添加物としての使用が禁止された。このほか癌原性が確認されているものに,赤色タール色素,BHA(ブチルヒドロキシアニソール)などがある。
以上のほか癌原性物質としては,発酵過程で微生物が産生するアフラトキシンがある。また食品の癌原性ということではないが,食品中のアミンやアミドが酸性になっている胃内で亜硝酸と反応して,癌原性のあるニトロソ化合物(ニトロソアミン)を生成することが報告されている。亜硝酸は食品中にも,飲料水中にも存在しているので,ヒトの癌発生,とくに直腸癌などにこのニトロソ化合物が関与していると考えられている。直腸癌の発生は,腸内容物の腸内貯留時間とも関連しているが,繊維の多い食物は,腸内の貯留時間が短いので,繊維は直腸癌の発生を予防すると考えられている。
(4)食品の安全性の確保 食品の安全性を確保するための行政的措置を食品衛生行政という。日本の食品衛生行政は1899年(明治32)の〈飲食物其ノ他,物品取締リニ関スル法〉の制定以来,本格的に行われるようになった。戦後は1947年に〈食品衛生法〉が制定され,現在はこの法律にもとづいて,食品衛生行政が行われている。食品衛生法では,食品の製造,貯蔵,管理,販売などの各過程での安全確保のための基準が定められている。このなかには食中毒発生の届出制度,食品の取扱いが基準に合致しているかを監視する食品衛生監視員制度,食品の製造,加工施設に食品衛生管理者を置くことを義務づけた食品衛生管理者制度などがある。
→食事 →料理
執筆者:田島 真+坂口 ちはる
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
人が食べるために直接使用できる、食用可能な状態のものをいう。食品を調理や加工などして、食べられるようにしたものの総称が食物である。また、食品の形態にすることのできる材料を食糧という。たとえば、収穫した米は食糧であるが、これを精米すれば食品となり、炊飯(すいはん)したものは、他のものとあわせ、食物とよぶことができる。ただ食物とよぶ範囲は、食糧、食品と比べ、あまりはっきりしていない。
[河野友美]
食品は、その材料となるものの種類、形態、あるいは自然品か合成品かといった違いにより、いくつかに分類することができる。またその分類法も、分類を用いる目的により各種のものがある。
(1)大別的分類 動物性食品、植物性食品、および合成食品
(2)動植物上の種類別分類 穀類、種実類、いも類、豆類、野菜類、キノコ類、果実類、魚貝類、獣鳥肉類、卵類、乳類、海藻類など
(3)食品成分表上の分類 日本食品標準成分表で用いている分類
(4)栄養学的分類 デンプン性食品、タンパク質性食品、脂肪性食品など
(5)加工分類 生鮮食品、加工食品
(6)生産形態別分類 農産食品、畜産食品、水産食品、あるいは天然品、養殖ものなど
(7)食習慣上の分類 主食類、副食類、嗜好(しこう)品類、調味料類など
(8)健康上の分類 健康食品、栄養補助食品、保健食品、純正食品、自然食品、無農薬食品、低エネルギー食品など
(9)加工形態別分類 醸造食品、冷凍食品、レトルト食品、乾燥食品、缶詰食品など
(10)調理形態別分類 インスタント食品、コンビニエンス食品、チルド食品、調理済み食品、キット食品など
(11)特殊目的上の分類 携帯食品、貯蔵食品、非常食品、救荒食品など
(12)その他特殊分類 コピー食品、ジャンク食品、合成食品、組立食品、スポーツ食品など
[河野友美]
多くの食品は、加工されて供給されることが多い。加工法には古来のものもあるが、新しい技術の進歩に伴って、従来あまり行われなかった加工法も多くとられるようになってきた。
食品の加工法としては、米などの搗精(とうせい)、小麦やライ麦などの製粉、つくった小麦粉を原料とした製麺(めん)、製パン、製菓などがある。また、トウモロコシ、いもなどからのデンプン製造、デンプンを使った製飴(せいたい)、糖類製造、さらにデンプンを原料に発酵法によるうま味調味料の製造といったものがある。一般的な加工法としては、酒、しょうゆ、みそ、酢などの醸造による製造、缶詰、瓶詰、乾燥、塩蔵などによる保存性食品の製造、冷凍、レトルト食品、魚肉のすり身を使用した練り製品の製造、ハム・ソーセージなどの風味づけとそれに保存性をもたせる薫製(くんせい)製造など、各種のものをあげることができる。
[河野友美]
食品は、生鮮食品の一部を含め、加工などによって保存が必要で、それにより安定供給が確保できる。保存方法には、生鮮食品では冷蔵・冷凍などの方法、加工によるものでは、脱水、殺菌したあと缶や瓶あるいはフィルムのパックなどに密封といった各種の方法がとられる。冷蔵では、野菜類を収穫後短時間のうちに5℃程度まで冷却し、数週間から数か月間保存が可能である。また、リンゴなど一部の果実では、二酸化炭素含量を多くした空気中で低温で貯蔵するCA貯蔵とよばれる方法などもあり、こうした方法だと1年近く保存が可能である。冷凍では、急速凍結法の発達や液化ガスによる超低温の利用で保存は1年以上可能となり、肉や魚などに利用されている。急速凍結して特別に低温保存をしたものは、解凍し、生鮮品として販売されることが多い。脱水では、急速凍結乾燥、低圧熱風乾燥、噴霧乾燥、天日乾燥など、各種の方法がとられる。乾燥したものは、保存中、成分の酸化が大きいので、缶などの容器に密封し、二酸化炭素や窒素ガスなどを入れて保存性を増す。また、通常の密封包装品では、脱酸素剤の入った小袋をともに封入し、中の酸素をなくして変化を防ぐ方法もとられるようになった。このほか防湿剤も封入することがある。殺菌、密封による保存は、缶詰、瓶詰、レトルト食品などがあげられる。食品は、そのままでは微生物による変化が大きいので、殺菌すれば保存性が増す。殺菌には、前述のものでは加熱殺菌が行われる。このほか、加熱すると変質するような食品の場合は、放射線の照射(ジャガイモなど)、燻蒸(くんじょう)(穀物など)も行われる。
[河野友美]
食品は、それぞれに特有の栄養的価値をもつので、どういう食品にはどの栄養成分がどれくらい含まれているかを知る必要がある。このために食品の成分の分析が行われる。ただし、食品は個々のものに成分のばらつきが大きい。産地、収穫期、品種、飼育法、加工法、保存状態などにより、成分はかなり大きく変動する。それゆえ標準となる成分が必要となるため、『五訂増補日本食品標準成分表』(2005・文部科学省科学技術・学術審議会資源調査分科会編)が出されている。栄養調査の集計などはこの表を基準に行われる。また、食品は通常調理して食用に供するが、この調理中の成分変化もあるため、この点も記載されるようになった。
[河野友美]
食品のなかでも加工品については、内容の実質が伴わないもの、加工上とくに必要と思われない成分の添加、あるいは見かけだけのよさなどが優先されるというおそれがある。そのため一定の規格を法律で定め、それに合致したものにはマークをつけるような制度が必要である。もっとも中心となるものはJAS(ジャス)(日本農林規格)であって、これは「農林物資の内容表示の適正化に関する法律」により、審議決定される。この規格に合致し、認可を受けた食品には、JASマークをつけることが許される。このほか公正規約によるものは、公正の表示が行われる。また自主規格のある食品もあり、冷凍食品、乳製品などがその例である。
[河野友美]
食品は、生産されてから消費者の手に渡るまで、各種の中間組織を経ていく。これを食品の流通とよんでいる。流通は食品ごとに異なり、種類によっては特殊な経路をとるものもある。通常は、生産者→集荷団体(業者)→卸売業者(市場)→小売業者の順に食品が流れる。しかし、畜産品のように国の指定した検査を必要とする場合には、これに必要な経路をたどることもある。さらに流通段階で、温度管理が必要な、チルド食品、冷凍食品もある。流通にはほとんどの場合輸送を伴う。この輸送によるコストは無視できないものがあり、食品の形態、輸送手段、梱包(こんぽう)などにくふうが凝らされるようになった。以前は収穫地において消費される形態が強かったが、近代社会の発展とともに都市に人口が集中し、長距離輸送が食品流通の主体となった。そのため、生鮮食品も、輸送や保存上の条件に合致するような改良が行われている。とくに加工食品にして生鮮食品より付加価値を高めることは、前記のような条件下には非常に有利となり、これが加工食品の消費比率を高める原因になっているとも考えられる。
[河野友美]
食品は人の栄養補給上もっともたいせつなものである。もし、この食品が人に危害を及ぼすことがあっては、安定な社会生活が阻害される。そこで食品の安全性が重視されることになる。食品の安全性には、いくつかの要件が考えられる。つまり食品が衛生的で、栄養補給上有意義であるということである。なかでも、衛生的であることは食品にとってもっともたいせつなことで、食品が衛生的に安全に消費者の口に入るようにするため、法律によって守られている。それが食品衛生法である。食品衛生法は強制法で、日本に居住するすべての人がこれに従わねばならない義務がある。また、食品衛生法に定める規準になるように、農作物にあっては農薬の散布条件が、畜産物にあっては飼料や、疾病に対する薬剤投与の条件が、水産物にあっては養殖や、保存の条件が規制され、あるいは担当省庁によって指導されている。
[河野友美]
多数の国民が安心して日常生活を送るためには、食品がいつでも手に入ることが条件の一つである。そのためある程度の食品を保存しておかねばならない。とくに、日本で最重要視されている食品の一つである米は、年間を通じて安定供給が必要である。こういった食品の保存上生ずる問題として、食品の変化があげられる。たとえば、穀物では、虫害を防ぐため燻蒸が行われる。この際の燻蒸剤の残存などが問題になる。また長期の保存により、風味の低下なども生ずる。古米や古々米などの味が問題視されるのも、保存によるものである。また動物性食品のように冷凍保存を長期に行う場合も質的な変化は防止できない。ここでも味の低下の問題がおこる。しかし食品がつねに確保されることと、風味低下は、どこかで妥協せざるをえない。こういったことからも、食品の高度加工による低下風味のカバーが行われることになる。これは近代社会の避けて通れない点である。
[河野友美]
食品は、生鮮食品以外の多くが包装を必要とする。これは変質を防止し、また一定の量をまとめるために必要である。生鮮食品については、量販店などのように適当な単位で食品を陳列する場合、単位ごとの包装が必要となっている。食品を包装する際、その食品に適した包装材が必要である。多くの包装材はプラスチック類が利用されているが、そのほか、紙、アルミ箔(はく)なども広く用いられている。これらも食品に接触するので、食品に健康上有害な物質が移行することを避けなければならない。このため食品包装材についても、衛生的見地からの法的規制が行われている。
[河野友美]
『吉田勉編著、小田尚子・斎藤進・鈴木洋一・馬場修・尾藤宗弘・堀口恵子・森田英利著『食品学各論』(1999・三共出版)』▽『吉田泰治・田島真編『栄養科学シリーズNEXT 食料経済』(1999・講談社)』▽『河野友美編『新・食品事典』全14巻(1999・真珠書院)』▽『森一雄・赤羽義章・小垂真著『ニューライフ食品学――五訂日本食品標準成分表準拠』改訂版(2001・建帛社)』▽『食品総合研究所編『食品大百科事典』(2001・朝倉書店)』▽『清水俊雄著『食品安全の制度と科学』(2006・同文書院)』▽『國崎直道編著『食べ物と健康――食品の栄養成分と加工』(2006・同文書院)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…食べもの,すなわち食欲を満たし,生命を維持するために口から摂取するもの。食品,食糧,食料,食餌(しよくじ)などの類語があり,それらの概念の相違ははっきりしないが,それぞれ多少ニュアンスのちがう使い方がされている。食品の語は,食べものの語がかなり抽象的ないしは象徴的な意味をもつのに対して,明確に人間の摂食行為の対象となる素材の個々,あるいはその群や種類を表現する場合に使われる。…
※「食品」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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