ブラウンシュワイク公国(読み)ブラウンシュワイクこうこく(その他表記)Herzogtum Braunschweig

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ブラウンシュワイク公国」の意味・わかりやすい解説

ブラウンシュワイク公国
ブラウンシュワイクこうこく
Herzogtum Braunschweig

中世から 1918年まで続いた北部ドイツの領邦。 1180年ウェルフェン家のザクセン=バイエルン公ハインリヒ獅子公が失脚したのち,ウェーゼル,エルベ両河間の本領は,彼の子孫のもとで,1235年ブラウンシュワイク=リューネブルク公国となった。その後しばしば分割相続され,いくつかの侯国が成立したが,その一つボルフェンビュッテル侯国から近代のブラウンシュワイク公国が発展し,他の諸領域は統合されてハノーバー公国となった。ブラウンシュワイク公カルル・ウィルヘルム・フェルディナント (在位 1780~1806) はプロシア軍の司令官をつとめ,イェナ=アウエルシュテットの戦いに敗死した。

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