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米騒動 こめそうどう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

米騒動
こめそうどう

米価の暴騰を原因とする民衆の暴動をいう。江戸時代中期以降米一揆はしばしば起っており,明治維新後も 1890年と 97年の2度,富山県を中心に北越地方で同様の米騒動がみられたが,普通は,全国的な規模で行われた 1918年の騒動をさしていう。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

米騒動

1918年、米価の暴騰に苦しんでいた民衆が、県外への米の積み出しを阻止したり、米屋を襲ったりした。富山の騒動が新聞で全国に報道され、名古屋、京都、大阪、東京、広島など全国各地に広がり、寺内正毅内閣の総辞職につながった。大正デモクラシー期の護憲運動普通選挙運動などにも影響を与えたとされる。

(2006-04-02 朝日新聞 朝刊 富山全県 1地方)

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デジタル大辞泉の解説

こめ‐そうどう〔‐サウドウ〕【米騒動】

米価の暴騰をきっかけとする民衆暴動。特に大正7年(1918)、富山県魚津町で起こったものは全国的に広まり、軍隊が出動して鎮圧した。この事件で寺内内閣は総辞職した。

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百科事典マイペディアの解説

米騒動【こめそうどう】

米価騰貴を原因とする民衆暴動。1890年,1897年に北越地方などで起きたが,典型的なものは1918年7〜9月の全国的暴動。第1次大戦中のインフレ政策で実質賃金は低下し,かつシベリア出兵をあてこんだ米の思惑買と政府の米価調節失敗のため,1918年夏の米価は戦前の4倍に暴騰した。
→関連項目憲兵公設市場正力松太郎日本原敬布施辰治普選運動方面委員若尾逸平

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世界大百科事典 第2版の解説

こめそうどう【米騒動】

米価高騰を直接契機とする民衆暴動。江戸時代にしばしば発生し,明治維新以後でも全国的規模をもつものが3回あるが,ふつう,1918年(大正7)の場合を指す。(1)1890年(明治23)1月18日,富山市貧民の市役所・資産家に対する救助要請行動が富山県東部にひろがり,4月から9月にかけ,鳥取,新潟,福島,山口,京都,石川,福井,滋賀,愛媛,宮城,奈良の各府県19地点に騒動が発生した。とくに佐渡相川町の場合は激烈で,6月28日から7月5日にかけ,鉱夫を中心に2000名余が蜂起,軍隊1個中隊により鎮圧された。

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大辞林 第三版の解説

こめそうどう【米騒動】

米価騰貴を原因とする民衆暴動。特に、1918年(大正7)富山県魚津の漁村に端を発し、全国に波及した騒動をさす。軍隊によって鎮圧されたが、時の寺内内閣は総辞職に追い込まれた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

米騒動
こめそうどう

米価の騰貴を契機とする民衆の暴動。近代日本では大規模なものが3回あった。[江口圭一]

1890年

1889年(明治22)は凶作で、90年に入ると米価が暴騰し、1月18日富山市で貧民が救助を要求して騒動を起こしたのを最初として、4月から8月にかけ、鳥取市、新潟県下、下関市、高岡市などで貧民の暴動が相次いだ。最大のものは佐渡相川の暴動(6月28日~7月5日)で、鉱夫ら約2000人が蜂起(ほうき)し、軍隊が出動した。その後、福井、愛媛、宮城などの各県下にも騒動が起こった。[江口圭一]

1897年

1896年(明治29)は不作で、97年も風水害、虫害が各地にあり、9月ごろから米価が急騰し、9月から10月にかけ、長野県飯田町、富山市、山形県下、新潟県下などで貧民の騒動が続発した。[江口圭一]

1918年

この年の米騒動は日本史上最大規模の民衆暴動であった。1917年(大正6)から18年にかけて米価が高騰したが、これは第一次世界大戦中のインフレの一環であるとともに、資本主義の急速な発展により都市人口が急増し、米の需要が増大したにもかかわらず、寄生地主制下の米の生産が停滞して供給不足に陥ったことが根本的原因であり、さらに地主、米商人が投機を計って売惜しみ、買占めをしたこと、寺内正毅(まさたけ)内閣が、地主、商人の利益のため外米輸入関税撤廃の措置をとらなかったこと、シベリア出兵の決定によりいっそう買占めが行われたこと、などの事情が加わった結果であった。1918年7月以降米価は異常に暴騰し、民衆の生活難と生活不安が深まり、ついに空前の大暴動が引き起こされた。騒動はおよそ4期に区分される。[江口圭一]
第1期
1918年7月23日午前8時半ごろ、富山県下新川(しもにいかわ)郡魚津(うおづ)町で、米価が騰貴するのは米を他地方に移出するからであるとし、漁民の妻女ら46人が移出を阻止しようと海岸に集合したところを、警察に解散させられた。8月2日にかけ県下で類似の事件が2回起こったが、県外には知られなかった。[江口圭一]
第2期
同年8月3日夜、同県中新川(なかにいかわ)郡西水橋(にしみずはし)町で、出稼ぎ漁民の妻女ら約300人が資産家、米屋へ押しかけ、米の移出禁止、廉売を嘆願し、警察に解散させられた。4日夜、同郡東水橋町で数百名の女性が町長、有力者、米屋に向かい、救済を請い、米の移出禁止を要求し、騒ぎは翌日に及んだ。5日夜、隣接の滑川(なめりかわ)町でも約300人の女性が資産家、米屋に救助を訴えたが、6日には男女混成の群衆が資産家宅へ押し寄せ、打ちこわしに及んだ。同様の動きは県下各所に広がったが、5日ないし6日付けの全国各紙に3日の西水橋町の事件が「越中(えっちゅう)女房一揆(いっき)」として報じられ、8日岡山県真庭(まにわ)郡落合町(現真庭市)での事件を最初として、騒動は富山県外に波及し、岡山県各地のほか、和歌山県、香川県、愛媛県などで騒動が続発した。[江口圭一]
第3期
同年8月10日夜、名古屋、京都の両都市で大騒動が発生し、事態は新しい局面に入った。名古屋市では鶴舞(つるま)公園に1万5000~3万の群衆が集まり、演説が行われたのち、米屋町目ざして群衆が押し出し、警官隊と衝突した。騒動は11日、12日にいっそう激化し、ついに軍隊が出動して鎮圧した。京都市では10日夜、被差別部落民数百人が米屋に次々と押しかけ、米の安売りを認めさせたのを皮切りとして、11日夜には全市で安売り強要、打ちこわしが行われ、軍隊が出動、鎮圧にあたった。11日以降大阪市、神戸市でいっそう大規模な暴動が発生し、焼き打ち、略奪、乱闘が繰り広げられた。騒動は近畿、東海、中国、四国の各地に拡大し、13日には東京市で大騒動が起こり、関東各地、九州にも波及、13~14日ごろに絶頂に達した。[江口圭一]
第4期
騒動は1918年8月中旬以降、都市部から農村部におもな舞台を移し、17日以降は山口県宇部炭鉱をはじめ、同県下および北九州の諸炭鉱に激烈な炭鉱暴動が相次いだ。そのほとんどに軍隊が出動して鎮圧にあたり、宇部では13人が射殺された。騒動は9月12日熊本県万田(まんだ)炭鉱の暴動を最後としていちおう終結した。
 1918年の米騒動は約50日間に及び、青森、岩手、秋田、栃木、沖縄の5県を除く1道3府38県の38市153町177村、計368か所に大小の暴動、示威が発生した。参加人員は数百万人に達するものとみられる。政府は120地点に10万人以上に達する軍隊を出動させ、警察力と相まって騒動を鎮圧した。騒動はほとんどが夜間に自然発生した非組織的なもので、各個に鎮圧され、2万5000人以上が検挙され、8200人以上が検事処分に付された。しかし米騒動の衝撃を受けて寺内内閣は退陣を余儀なくされ、原敬(はらたかし)を首相とする政党内閣が出現した。また米騒動は日比谷焼打事件(1905)以来の一連の民衆暴動の最後のものとなり、民衆の権利意識の高まりのもとに、労働運動、農民運動、女性運動、学生運動、普選運動などの目的意識的、組織的な民衆運動が一斉に開花することとなった。[江口圭一]
『井上清・渡部徹編『米騒動の研究』全5巻(1997・有斐閣) ▽松尾尊兌著『国民の歴史21 民本主義の潮流』(1970・文英堂)』

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世界大百科事典内の米騒動の言及

【足尾鉱山暴動】より

…なかでも長崎県下の高島炭鉱の暴動は有名で,1870‐78年に5回もの暴動が起きている。また1918年夏の米騒動では,吉岡銅山(岡山),宇部炭鉱(山口),亀田炭鉱(福岡),岩屋・杵島・相知炭鉱(佐賀),三池炭鉱(熊本)などで暴動が起きている。これらの争議・暴動の性格,原因は一様ではないが,あえて鉱山で多発した要因をあげれば,次のとおりである。…

【卸売市場】より

…明治末年以後,そうした不正は,単に生産者・消費者の不利益となるだけでなく,安価な労働力によって国際市場に参入しようとしている日本資本主義そのものにとって弊害であり,近代的卸売市場制度の確立が急務であるという論議が盛んになる。とくに,1918年に発生した米騒動への対応策として,時の政府は,食料品価格の引下げ・安定化を図るために,食料品を中心とした小売店の集合施設である公設小売市場の建設を進めるとともに,小売市場への配給の円滑化と卸売価格引下げの目的をもって,中央卸売市場構想を打ち出す。それが,23年に〈中央卸売市場法〉として成立し,以後,27年の京都市に始まり,高知市(1930),横浜市,大阪市(ともに1931),神戸市(1932),東京府の築地,神田,江東の3市場,鹿児島市(ともに1935)と,各地に中央卸売市場が建設されていく。…

【兇徒聚衆罪】より

…また附和随行者は罰金ないし軽懲役に,さらに暴動の際殺人・放火をなした者は死刑に処せられた。本罪適用のおもなものには,1884年の群馬事件秩父事件,90年の佐渡相川暴動(米騒動),1900年の足尾鉱毒被害民集団請願弾圧の川俣事件(足尾鉱毒兇徒聚衆事件ともいう),05年の日露講和条約反対の日比谷焼打事件,06年の東京市電値上反対事件,日露戦争後労働運動の頂点をなす07年の足尾鉱山暴動などがある。これらはすべて明治期の代表的な社会運動で,政治的無権利状態におかれた民衆が耐忍の緒を切って立ちあがり巨大なエネルギーを発揮したものが多い。…

【米】より

…1人当り米消費量が148.5kgに達した1891‐95年期以降,今日の米過剰時代の開幕を告げる1965‐70年期まで,日本は米輸入国になるが,輸入国になってからも1人当り消費量は増えつづけ,1921‐25年期に170kgのピークに達する。片山潜が〈あきらかに日本における民衆運動の全般的覚醒の最初の力強い端緒であって,現代革命運動の火蓋をきったもの〉と評価した米騒動が起きたのが1918年である。それは1人当り米消費がピークにくる時期であり,そして国内産米の供給不足量がさらに大きくなっていく時期であった。…

【鈴木商店】より

…その後,23年に組織を変更し,商社の株式会社鈴木商店(資本金8000万円)と持株会社の合名会社鈴木商店(資本金5000万円)を分離し,財閥コンツェルンの形態が完成した。なお1918年の米騒動のときには,米の買占めをして米価をつり上げているといううわさがたち,神戸の本店が焼打ちにあった。この事件は城山三郎の小説《鼠》に詳しく描かれている。…

【滑川[市]】より

…北陸本線,富山地方鉄道,国道8号線,北陸自動車道が通じ,近年はしだいに富山市の衛星都市の性格を強め,金属製品,電気機器などの工場が増加している。なお,1918年に米価の騰貴に対して漁師町の主婦が反発し,魚津での同様の動きとともに,これが全国的な米騒動の発端となった。【藤森 勉】。…

【被差別部落】より

…この間,第1次世界大戦による国際情勢の激変,世界各地における民族独立運動の勃興,ロシア革命による初の社会主義国の出現とその影響等々のなかで,〈部落改善運動〉の内部に社会運動としての性格が芽生えており,政府は,被差別部落の生活実態を放置しておくことが新たな〈社会不安〉の因となり,ひいては天皇制の国家体制そのものの存立基盤を根底から脅かしかねないことを深く憂慮された。その点がはっきりとしたのは,18年のシベリア出兵時に激発した〈米騒動〉と被差別部落との密接な関係による。〈米騒動〉の結果,起訴された民衆は8000余人にも及んだが,実にその1割強が被差別部落住民によって占められたことは,被差別部落の生活の窮状を明白に告げており,あらためて〈被差別部落対策〉の不可欠なことを政府・地方官庁関係者に強く認識させることとなった。…

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