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ラーコーツィ・フェレンツの解放戦争 ラーコーツィフェレンツのかいほうせんそう

世界大百科事典 第2版の解説

ラーコーツィフェレンツのかいほうせんそう【ラーコーツィ・フェレンツの解放戦争】

オスマン帝国撤退後のハンガリーで起こった反ハプスブルク独立戦争。1699年のカルロビツ条約オスマン帝国がハンガリーの支配権を放棄すると,ハンガリー全土はハプスブルク家の世襲領邦の地位に落とされ,ハプスブルク政府による絶対主義が導入された。それに対して,ハンガリー支配階級の多くや農民,匪賊,クルツkurcと呼ばれる義勇兵らの不満が高まった。不満はすでに1677年にトカイ地方での農民暴動となっていた。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のラーコーツィ・フェレンツの解放戦争の言及

【ハンガリー】より

…これに対して1703‐11年にはラーコーツィ・フェレンツ2世のもとに貴族・農民を含む全民族的な蜂起が起こった。このラーコーツィ・フェレンツの解放戦争が失敗に終わったのち,ハンガリーはオーストリア絶対主義の農業植民地の地位に置かれ,工業発展は抑えられ,ドイツ化された。しかしハンガリー貴族は,身分制議会(上院は国王の任命する大貴族,下院は各県から選ばれる中貴族からなる)を中心に,独自の政治的統一体を保った。…

※「ラーコーツィ・フェレンツの解放戦争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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