ロジャー フェデラー(英語表記)Roger Federer

最新 世界スポーツ人名事典「ロジャー フェデラー」の解説

ロジャー フェデラー
Roger Federer
テニス

テニス選手 北京五輪金メダリスト
生年月日:1981年8月8日
国籍:スイス
出生地:バーゼル
受賞歴:ITF世界チャンピオン〔2004〜2007年・2009年〕;ローレウス・スポーツ賞〔2005〜2008年〕
経歴:8歳でテニスを始める。1998年世界ジュニアランキング1位となり、同年プロに転向。’99年18歳4ケ月の史上最年少で同年の最終世界ランキングのトップ100入りを果たす。2000年シドニー五輪でベスト4に進出。2001年ミラノでツアー初優勝。同年8強入りした全英オープン(ウィンブルドン)では、大会5連覇をかけて31連勝中のピート・サンプラス(米国)を破り、一躍注目を集める。2003年ウィンブルドンで優勝し、スイス選手として初めて4大大会を制覇。2004年全豪オープンで優勝し、初の世界ランク1位に。同年ウィンブルドン連覇。全米オープンも制し、4大大会で年間3勝を挙げる。アテネ五輪は2回戦敗退。2005年史上8人目のウィンブルドン3連覇を達成、全米オープンは2連覇。同年は年間を通じて世界ランク1位を維持した史上5人目の選手となった。2006年全豪オープン優勝。同年史上7人目のウィンブルドン4連覇を達成。9月全米オープン3連覇。2007年1月全豪オープンで36年ぶりに失セットなしの大会完全優勝を達成。全豪オープン優勝は2年連続3度目。2月ジミー・コナーズ(米国)が持っていたシングルス160週連続世界ランキング1位の史上最長記録を、30年ぶりに更新。6月全仏オープンでクレーコートのスペシャリスト、ラファエル・ナダル(スペイン)に敗れ、2年連続準優勝。7月2年連続でナダルを破り、史上4人目のウィンブルドン5連覇を達成。9月全米オープン4連覇。2008年1月3連覇を狙った全豪オープンは準決勝で新鋭ノヴァク・ジョコヴィッチ(セルビア)に敗れ、2005年の全仏以来4大大会決勝を逃した。6月全仏オープンではナダルに敗れ、3年連続準優勝。6連覇を目指したウィンブルドンでもナダルに敗れ準優勝。8月の北京五輪はシングルスでは準々決勝で敗退したが、スタニスラス・ワウリンカと組んだダブルスで金メダルを獲得。同月世界ランク1位の座をナダルに明け渡し、世界ランク1位連続保持記録は237週で止まった。9月の全米オープンで5連覇を達成。ウィンブルドン5連覇と合わせ、2つの4大大会で5連覇を成し遂げたのは、男子では史上初。2009年6月、3年連続準優勝だった全仏オープンで初優勝し、史上6人目の生涯グランドスラム(4大大会全制覇)を達成した。7月のウィンブルドンは2年ぶり6度目の優勝を果たし、サンプラスを抜いて4大大会男子シングルス歴代最多の15勝を達成。6連覇を狙った全米オープンでは、決勝で20歳のフアン・マルティン・デル・ポトロ(アルゼンチン)に逆転負け。2010年1月全豪オープンで3年ぶり4度目の優勝。2011年9月全米オープン2回戦で、コナーズに次ぐ歴代2位となる4大大会通算225勝目を挙げた。同年は4大大会での優勝はなし。2012年7月ウィンブルドンで史上最多タイとなる3年ぶり7度目の優勝。8月ロンドン五輪は決勝で地元のアンディ・マリー(英国)に敗れ銀メダル。11月世界ランク1位在位記録を更新中だったが、302週でジョコヴィッチに明け渡す。2013年は4大大会決勝に一度も進出できなかった。4大大会は男子シングルス歴代最多の通算17勝(ウィンブルドン7,全米5,全豪4,全仏1)。名選手サンプラスから“史上最高の選手”と評され、どんな種類のコートもこなすオールラウンドプレーヤー。最大の強みはタフで欠点がないこと。185センチ、86キロ。2005〜2008年スポーツの各分野で活躍した選手から選ばれるローレウス世界スポーツ賞を4年連続で受賞。2006年ユニセフ親善大使に任命される。

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367日誕生日大事典「ロジャー フェデラー」の解説

ロジャー フェデラー

生年月日:1981年8月8日
スイスのテニス選手

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現代外国人名録2016「ロジャー フェデラー」の解説

ロジャー フェデラー
Roger Federer

職業・肩書
テニス選手 北京五輪テニス男子ダブルス金メダリスト

国籍
スイス

生年月日
1981年8月8日

出生地
バーゼル

受賞
ITF世界チャンピオン〔2004〜2007年・2009年〕,ローレウス賞〔2005〜2008年〕

経歴
8歳でテニスを始める。1998年世界ジュニアランキング1位となり、同年プロに転向。2000年シドニー五輪ベスト4。2001年ミラノでツアー初優勝。同年8強入りした全英オープン(ウィンブルドン)では、大会5連覇をかけて31連勝中のピート・サンプラス(米国)を破り、一躍注目を集める。2003年ウィンブルドンで優勝し、スイス選手として初めて4大大会を制覇。2004年全豪オープンで優勝し、初の世界ランク1位に。同年ウィンブルドン連覇。全米オープンも制し、4大大会で年間3勝を挙げる。アテネ五輪は2回戦敗退。2005年ウィンブルドン3連覇、全米オープン2連覇。同年は年間を通じて世界ランク1位を維持した史上5人目の選手となった。2006年全豪オープン優勝、ウィンブルドン4連覇、全米オープン3連覇。2007年全豪オープンで36年ぶりに失セットなしの大会完全優勝を達成。2月ジミー・コナーズ(米国)が持っていたシングルス160週連続世界ランキング1位の史上最長記録を、30年ぶりに更新。全仏オープン2年連続準優勝。ウィンブルドンは史上4人目の5連覇を達成。全米オープン4連覇。2008年1月3連覇を狙った全豪オープンは準決勝で新鋭ノヴァク・ジョコヴィッチ(セルビア)に敗れ、2005年の全仏以来4大大会決勝を逃した。全仏オープンは3年連続準優勝。6連覇を目指したウィンブルドンも準優勝。8月の北京五輪はシングルスでは準々決勝で敗退したが、スタン・バブリンカと組んだダブルスで金メダルを獲得。同月世界ランク1位の座をラファエル・ナダル(スペイン)に明け渡し、世界ランク1位連続保持記録は237週で止まった。全米オープンは5連覇。ウィンブルドン5連覇と合わせ、2つの4大大会で5連覇を成し遂げたのは、男子では史上初。2009年、3年連続準優勝だった全仏オープンで初優勝し、史上6人目の生涯グランドスラム(4大大会全制覇)を達成。ウィンブルドンは2年ぶり6度目の優勝。6連覇を狙った全米オープンでは、決勝で20歳のフアン・マルティン・デル・ポトロ(アルゼンチン)に逆転負け。2010年全豪オープンで3年ぶり4度目の優勝。2011年全米オープン2回戦で、コナーズに次ぐ歴代2位となる4大大会通算225勝目を挙げた。同年は4大大会での優勝はなし。2012年ウィンブルドンで史上最多タイとなる3年ぶり7度目の優勝。8月ロンドン五輪は決勝で地元のアンディ・マリー(英国)に敗れ銀メダル。世界ランク1位在位記録を更新中だったが、11月302週でジョコヴィッチに明け渡す。2013年は4大大会決勝に一度も進出できなかった。2014年ウィンブルドン準優勝、2015年ウィンブルドン、全米オープン準優勝でいずれもジョコヴィッチに敗れた。4大大会は男子シングルス歴代最多の通算17勝(ウィンブルドン7,全米5,全豪4,全仏1)。名選手サンプラスから“史上最高の選手”と評され、どんな種類のコートもこなすオールラウンドプレーヤー。最大の強みはタフで欠点がないこと。185センチ、86キロ。2005〜2008年スポーツの各分野で活躍した選手から選ばれるローレウス世界スポーツ賞を4年連続で受賞。2006年ユニセフ親善大使に任命される。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

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