われわれの社会では,人は日々なんらかの仕事をして,それによって報酬を得て生活の資としている。そうした仕事を職業という。毎日仕事をするといっても,趣味や道楽でする仕事,主婦の行う家事や育児,ボランティア活動などは職業とはいわない。また,たとえ生計を維持するためであっても,盗みやばくちをするなどの反社会的な活動は職業ではない。職業は,生計を維持するための継続的で分担的な,社会的に有用な活動と定義される。職業社会といわれる今日では,人は直接間接になんらかの職業や職業人とつながりをもっており,職業はわれわれの生活のなかできわめて重要な役割を果たしている。
〈職業〉は漢の時代にまでさかのぼることができる古いことばである。職業ということばには,もともと生業とか〈なりわい〉という意味がある。生業とは,たとえば原始的な社会で,部族のおとなが狩猟や漁労,農耕といった仕事を同じように分担していることをさしているが,そうした未分化な活動はほんとうの意味での職業とはいえない。なぜなら職業は,交換経済のなかでの人間の分業に基づく活動であり,分業の発生にともなって現れてきたものであるからである。生業やなりわいと,近代的な意味での職業とは区別されなければならない。
職業は,英語ではオキュペーションoccupationあるいはプロフェッションprofession,トレードtrade,ボケーションvocation,コーリングcalling,ドイツ語ではベルーフBeruf,フランス語ではメティエmétierがこれにあたる。オキュペーションは,時間と精力とがこれに占有される仕事という意味である。プロフェッションは医者,弁護士,学者など知的な自由職業をさし,トレードは手による熟練を必要とする職業をさす。ボケーションやコーリング,ベルーフには,神から授けられた使命-天職という意味がこめられている(召命)。
職業は産業ということばとよく混同されるが,両者は違うものである。1947年の第6回国際労働統計家会議で,職業とは,個人の行うトレード,プロフェッションまたは仕事の型であって,所属している経済活動部門とは無関係であると定義されているし,またコーリン・クラークがいっているように,職業とは遂行する仕事の型であり,産業とはその雇用主が生産する財貨あるいはサービスの型である。産業が工場,商店,オフィスなど経済活動の種類をいうのに対して,職業は人間が行う活動をさす。職業は技能,技術,知識,熟練をもってそれを遂行するひとりひとりの人間の仕事をいうのに対して,産業はそうした仕事としての職業が行われる場であり,現代では同じ産業部門に多くの異なる職業がみられる。〈職業は産業内部の役目(=職)としての仕事(=業)である〉といわれる。大工や左官などのいわゆる一人親方のような場合には,人間の活動と事業所の活動が一致しており,職業と産業は同じである。日本においても1920年の第1回国勢調査ではじめて職業別就業者数が調査されたが,この当時は職業の概念と産業の概念が混同されていて,今日でいう産業分類的なもので職業が分類されていたが,それは,経済活動が未成熟で職業に生業的色彩がつよく,こうした一人親方のような例が就業者の多数を占めていたためとみられる。
職業は,従業上の地位とも区別される。同じ職業が地位の異なる個人によって遂行されることがある。親方に雇われて働いている大工が自分で仕事を始めれば,その地位は変わるが職業は変わらない。もし自分で仕事を続けながら手伝いを雇えば,雇用主となるが職業は変わらず,従業上の地位の変化は職業に影響を及ぼさない。
原始社会や封建社会には職業選択の自由はなく,封建社会では職業は世襲が多く,また職業につくのに多くの制約があった。現在では,特定の職業につくために長期の準備期間や教育を必要としたり,経済不況による就業機会の縮小はあるものの,原則として人はどのような職業にもつくことができ,職業につくことによって個性の発揮をはかり,職業生活に生きがいを求めることができる。人々の社会的分担は各人の個性に応じて選ばれるが,各人がその個性を十二分に発揮することができるならばその人は最も幸福であり,同時に社会はこれによって最も多くの寄与を得ることができる。
職業の起源は,封鎖的な自給自足の生活のなかから特定の仕事が専門分化したことにさかのぼる。たとえば一人が弓矢をつくることに専念し,もう一人が食物を調達し,第3の者が小屋を建て,第4が衣服をつくり,第5はもっぱら祈禱をするというように,原始的な共同社会からいろいろな仕事が専門化,分化してくるにつれて職業が現れてきたのである。しかし,そのころの職業は,職業というよりは生業であり,地位であり,身分であった。封鎖的家内経済が支配的であった時代には,人々はその生活に必要なあらゆる物資の消費者であると同時に生産者であり,仕事は分かれていたとしても,すべて家族や部族の内部で処理されていた。原始的な職業が成立するのは,生活に必要なさまざまな仕事が各家族,各経済単位で専門的に行われるようになり,仕事の成果を人々が互いに交換するようになってからのことである。
人間が機械や技術を発明し,また人口がしだいに増加するにつれて,初期の手工業や商業が分化し,人々が専門的に行う仕事の種類は増えていった。今日の職業のなかで昔からあるといわれるものの多くは,中世に起源をもつ。ヨーロッパにおいて手工業者が都市に定住したのは16世紀ころであり,日本で職人が出現したのは12~13世紀といわれる。このようにして成立した職業の内部でさらに分化が起こり,都市経済から国民経済へと時代が移ると,仕事はさらに細分化されるようになった。人口の都市への集中,科学の工業への応用,資本の集中的な使用によって,労働は,大規模な工場や産業のなかで,集団的に分業によって行われるようになった。最初の工場が現れたのは18世紀の初めであるが,この世紀の後半以降産業革命が起こり,農業,交通,工業,商業などの部門で革新が進んだ。たとえばピンをつくる仕事は,一人の男が針金を引き伸ばし,もう一人はこれをまっすぐにし,第3はこれを切断し,第4はこれをとがらせ,第5は頭部をつけるために先端をみがくというように,18の作業に分割され,10人で1日に4万8000本,1人4800本のピンをつくる。もし彼らのすべてが個々別々に働くならば,おのおのは1日に20本のピンもつくれないであろう。《国富論》(1776)のなかでアダム・スミスがこのように説いた分業は,こうした時代背景から生まれた。
貨幣経済と工業化が進むなかで,技術が高度化し分業が進み,労働市場が成立するにつれて,それまでの身分社会,地位社会にかわって職業社会が成立するようになった。仕事の専門分化が進むほど職業相互間の依存関係は高まり,国民生活は多くの職業と人の働きの有機的関連のもとに成り立つようになる。こうした社会の内部の職業分化の状態を,作業分業あるいは経営内部の分業である技術的分業に対して,社会的分業という。第2次大戦後,技術革新が進展し,職業はますます多様になったが,これまで多くの労働者を雇用してきた製造業では,生産性の向上によりしだいに省力化傾向がみられるようになった。一方,半導体技術の広範な分野への応用が進んだことや,新しい社会のニーズにこたえる第3次産業が成長したことによって,新しい専門的職業やサービス職業が現れてきた。産業の発展と多様化は,職業の世襲など封建的な制約から人間を解放したが,一方では,新しい機械や技術が導入されたことによって多くの職業が陳腐化し,古い職業から新しい職業への職業移動も必要となってきた。
1920年の第1回国勢調査では,産業と職業が明確に区分されていなかったが,30年の第3回国勢調査ではじめて産業分類と職業分類の二つの体系が設けられた。しかし,職業分類はなお産業分類的色彩のつよいものであった。仕事の類似性による分類という原則によって職業分類が作成されたのは,40年の国勢調査からである。戦後49年の第7回国際労働統計家会議で,国際標準職業分類の確立が要請され,各国に対し自国の分類を国際標準職業分類と比較できるように区分することが勧告されたことから,標準職業分類制定の気運が高まり,行政管理庁により60年に日本標準職業分類が制定された。この職業分類は70年と79年に改定され,さらに総務庁(1984年行政管理庁などを統合)の統計局に移管されてから86年と97年に改定され現在に至っている。97年改定分類では,職業を10の大分類,3の亜大分類,81の中分類,361の小分類に分けている。国勢調査は日本標準職業分類に準拠して職業を分類表章している。また日本標準職業分類とは別に,労働省が戦後,職業安定機関が全国的に統一して使用する職業分類および標準職業名を定める研究に着手し,1953年にアメリカ労働省の職業分類体系に準拠した職業分類を公表し,65年にこれを改定している。
国際標準職業分類は,58年に国際労働機関(ILO)により設定され,68年に改定されたが,68年改訂版の職業分類体系は,大分類8,中分類83,小分類284,解説職業1506からなり,国際統計基準として,人口センサスその他の職業データの分類,国際比較,国際的な標準職業リストの作成などに用いられてきた。これも88年に改定された。
執筆者:水谷 暉
職業とは,(1)わたくしたちが生きていくために生計を維持し,(2)社会的な役割を実現し,(3)わたくしたちの個性を発揮する,という三つの要件を包括的に充足するための持続的な営みである。(1)の要件は職業の経済的側面にかかわる。わたくしたちは職業活動に従事し,その代償として一定の収入を得ることによって,家族生活を営むべき経済的基盤を確保することができる。職業とはこのような生活のための労働の契機として存在する。(2)の要件は職業の社会的側面にかかわる。職業とは社会的分業体制の一翼を担うべき社会的な役割ないし分担を遂行する過程である。わたくしたちは社会の一員として生活している以上,それぞれが社会的役割をもち,分担をもっている。各自がこの役割ないし分担を遂行することによって,はじめて人間の社会生活そのものが全体として円滑に営まれる。職業はそのための契機として存在する。(3)の要件は職業の個人的側面にかかわる。わたくしたちは自分の従事する職業活動を通じてみずからの個性を発揮し,伸長して自己実現を図る。職業はそのための契機として存在する。
ある職業が社会的に一個の独立した職業として成り立っている場合,職業の経済的側面の問題としては,その職業を営むことによって生計の維持が図れるということである。その意味で,その職業は一個の独立した職業として営まれるものであり,生計維持の要件は,職業が職業として社会的に存在しているという事実によって原則的には満たされているとみなすことができる。むしろ,生計を維持できるかどうかが職業として社会的に存在しうるかどうかの決め手である。しかし,職業の社会的側面の問題としては,社会的に存在する職業に従事するという事実だけで役割実現の要件が自動的に満たされるとはいいきれない。その職業が社会的分業の一翼を担っており,職業活動を通じて社会的役割を実現しているという予測はできる。しかし,職業活動に従事する側からみると,それはあくまでも役割実現の要件を満たす可能性を示しているにすぎない。そのため,当事者にとって職業活動を通じて役割実現を確認できるものがなければならない。この役割実現に関する当事者の確認の根拠としては,職業が社会的に存在しているという事実のみに基づくものから,社会的承認に基づくものまでさまざまなものがある。また,社会的承認もさまざまな形態があるが,役割実現の要件を満たすためには,なんらかの形で当事者の確認という補完作用をともなう必要がある。また,生計維持と役割実現の要件が満たされたとして,職業の個人的側面の問題としては,その職業に従事することによって個性発揮の要件を満たすべき機会が存在していることを示すにすぎない。個性発揮の要件を満たすためには,当事者がその職業活動を通じてみずからの個性の発揮と伸長を自主的に進めなければならない。そのためには,職業活動における自律的活動の枠を確保し,拡張することが不可欠である。そのための方策にはさまざまなものがあるが,自律的活動の枠が大きければ大きいほど個性発揮の機会が増大するから,自律的活動の有無そのものが個性発揮の証(あかし)となっている。
したがって,職業活動に従事する当事者にとって,職業活動に従事するうえでの問題は,第1に,生計維持の水準をどのように確保していくかということであり,第2に,職業活動を通じて役割の実現をどのように確認するかということであり,第3に,職業活動における自律的活動の枠をいかに確保し,拡大させるか,ということである。ところで,現代社会では職業が職業として社会的に存立していることから,職業活動としての労働に従事することを通じて,職業に含まれる生計維持の要件と役割実現の要件が満たされていることを確認できたとしても,職業に含まれる第3の個性発揮の要件を充足する可能性を保証してくれるものは何もない。このような状況に対して,職業活動に従事するものはいかなる対応を試みることができるか。これが現代社会の当面する基本的な課題である。
このような課題にこたえるための対応策として打ち出されているものの一つに,〈経営参加〉の制度化がある。これには利益分配制,労使協議制,労使共同経営制,自主管理制などがあり,いずれも職業活動に従事するものが経営組織における意思決定に参加することを基本とする制度化であり,社会体制の枠組みを越えて進められているものである。日本でも,労使協議制をはじめ,QCサークル活動その他の名称での自主管理制度が導入されており,さまざまな段階での自主的な意思決定制度が模索されている。またもう一つの対応策としては,工業化社会の要請する科学技術をてこにして専門的職業にみずからを接近させることによって,職業活動における自律性の確保を図ろうとする専門的職業化がある。職業活動に従事する当事者にとって,職業活動に含まれる自律的要素が大きければ大きいほど主体性を発揮する機会も増大する以上,みずからの具体的な職業活動をどれほど自律的に遂行しうるかは,職業に含まれる個性発揮の要件を充足する前提条件である。したがって,職業活動に従事する当事者が専門的職業にならってみずからの職業活動における自律性を確保し,拡張していこうとする専門的職業化が,体系的知識に根ざした技能の行使と社会的貢献の理念化を介して自律性の制度的保障をかちとる試みとして,専門的,技術的職業従事者の間で進められている。
職業構造とは,社会的な広がりのなかでくり広げられている各種の職業を体系的に集約したものである。職業構造の変動は工業化社会に共通する現象として,現在においても進行中である。工業化は,科学技術の成果を取り込んで,生産過程と分配過程の規模を巨大にし,かつ複雑にするとともに,生産手段の所有と管理を分離して管理体制を肥大化しただけでなく,統治機構の経済機能を著しく増大させる傾向をたどってきた。このような工業化の流れのなかで,初等教育から高等教育に至る教育制度の整備拡充や,それとともに発展しつづける科学技術と相まって,職業構造は,いずれの工業化社会でも同じような傾向をたどって変動してきた。それは日本の社会でも例外ではなかった。産業革命以降の工業化社会の職業別人口の推移は,農業部門にみられる明らかな減少,工業部門にみられる比較的ゆるやかな増大,商業や公務自由業の部門の加速度的増加,という共通の傾向を示している。
日本の社会でも国勢調査にあらわれたかぎり,1940年までに農業および水産業の漸減傾向,工業と公務自由業の増大傾向がみられたが,第2次世界大戦後の高度工業化の過程では職業構造の変動がいっそう顕著な形をとって進行した。国勢調査によれば,高度工業化の過程で職業構成は,農業人口の激減,生産工程の就業人口の増大と停滞,専門的,技術的職業や事務的職業などの就業人口の着実な増大,という三つの顕著な変動をもたらしており,産業構成のうえからみても,第1次産業部門の衰退,第2次産業部門の成長と停滞,第3次産業部門の隆盛という高度工業化の趨勢(すうせい)をそのままあらわしている。さらに,就業人口中に占める雇用従業者の比率は1960年に50%を超え,75年には66%に達しており,雇用従業者中に占めるホワイトカラーの比率も75年にはブルーカラーを凌駕するに至っている。このように,日本の社会の職業構造の変動傾向は,ホワイトカラーを中心とする雇用従業者の職種を着実に増大させる傾向をたどっており,日本の社会そのものが脱工業化社会ないし情報化社会とよばれるにふさわしい高度工業化社会へと変化していることを示している。
職業活動としての労働に対する姿勢が仕事意識である。日本の高度工業化の過程で就業人口の大半を占めるようになった雇用従業者の仕事意識の実態はどのようなものか。
雇用従業者が日本の社会の文化的伝統のなかで受け継いできた職業活動としての労働に対する文化的価値態度は,労働観,勤労観,仕事観について行われてきた研究を通じて次のように要約できる。〈わたくしたちが働くのは何よりも暮しをたてるためである。そして,わたくしたちが一生懸命に働くのは,働くことを通じて社会に貢献したいと思うからであり,仕事をする以上は,とうぜん自分の能力を十分に発揮できるような仕事をしたい〉。したがって,文化的次元では,生計維持,社会的貢献,個性発揮といった価値が鼎立(ていりつ)した形で追求されている。職業に含まれる諸要件が,文化的次元において職業活動としての労働の理念として貫徹していることを示している。雇用従業者はこれらの価値を働くことの意味として同じ重みで受けとめているのである。
雇用従業者が職場生活で直面する具体的な問題との対応を通じて,どのような価値をいちばん重視しているのか。この評価的次元での価値態度にあらわれた傾向は次のように要約できる。〈賃金のこと,仕事のことはともかくとして評判のいい会社で働いていることだし,何よりもいまの職場にはいっしょに楽しく仕事のできる仲間がいるので,いうことはない〉。職業の要件に即していえば,雇用従業者は,協業体制のもとで働く現実の職場生活のなかでは,職業活動としての労働の価値として役割実現の要件の充足をもっぱら評価する状況におかれているのである。
では,雇用従業者は以上のような現実の職場生活の経験を通じて,職業活動としての労働についてどのような理想像を描いているか。この点をあらわす雇用従業者の選択的次元における価値態度は次のように要約できる。〈賃金の多寡や会社の大小は問題ではない。何よりも,まずはいっしょに楽しく働ける仲間のいる職場で働きたい。そのうえで自分の思いどおりの仕事ができればいうことはない〉。これが現実の職場生活の経験を通じて雇用従業者が描き出す好ましい職業活動としての労働のありようである。職業の要件に即していえば,役割実現の充足を通じて,そのなかで個性発揮の要件の充足も図れる労働を理想的なものとして追求しようとしているのである。
このような態度構造の傾向は,生計維持,役割実現,個性発揮,という三つの要件を含む職業活動としての労働の理念を理念としてはひとしく受け入れながら,現実の職場生活のなかでは,個性発揮の要件を追求できない状況が生まれているために,結果として役割実現の要件への傾斜を強めている姿勢が一般化していることを示している。またさらに,生産活動における熟練に対する否定的傾向が不可避的になりつつある事態をまえにして,役割実現の要件の充足に力点をおいて,協働体制の維持強化を求め,そのなかで個性発揮の機会を見いだそうとしていることを示している。現代の労働が熟練の否定を貫徹する方向をたどるかぎり,雇用従業者がこのような価値態度をいっそう強めていくことは避けられないであろう。
執筆者:本間 康平
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
社会的分業の成立している社会において生活を営む人々が、それにつくことによって、その才能と境遇に応じた社会的役割を分担し、これを継続的に遂行し実現していくかたわら、その代償として一定の収入を取得し、必要な生活資料を獲得する継続的活動様式をいう。なお、英語ではオキュペーションのほかに、プロフェッションprofession、トレードtrade、ボケーションvocation、コーリングcallingなどの表現がある。
[濱嶋 朗]
前述の定義をもっと簡単にいいかえるならば、職業とは「個性の発揮、連帯の実現および生計の維持を目ざす人間の継続的な行為様式」(尾高邦雄(くにお))にほかならない。この概念規定には職業のもつ個人的、社会的、経済的諸側面が含まれている。
(1)個人的な側面としての個性発揮は、自己の能力・性能・才能に応じた職業を選択するという前提のもとで、その職業が課する要求にこたえて献身するなかで、自己の個性を伸張し、人間的成長を遂げ、自己実現とやりがい、生きがいを経験すること、またはその可能性を意味する。ただ、現実の職業活動はかならずしも適性に応じて配分されておらず、また技術が進歩し、生産の仕組みが巨大化し複雑化した結果、細分化と断片化を受け、疎外されざるをえない趨勢(すうせい)にあるので、職業によって程度の差はあるが、個性発揮や自己実現は今日概して困難な状態にある。
(2)社会的な側面としての連帯実現は、社会的分業の一端を担い、その要求する役割を遂行することを通じて、主観的、意図的にはともかく、客観的、結果的には匿名の不特定多数の人々の間に相互依存の関係を成立させ、社会の維持・存続に貢献することになるという事態を意味する。このことは否定できないが、デュルケームをはじめとする社会分業論者の主張するようには、職業活動は予定調和的に社会連帯を実現できずに、階級分化や階級対立などの分裂的事態を同時に引き起こしているのも事実である。
(3)経済的な側面としての生計維持は、いうまでもなく職業の最低限の条件であり、今日ほとんどの人々は好むと好まないとにかかわらず、衣食の資を得るための手段として職業活動に携わっている。労働が疎外されて職業活動から精神的内容が奪われれば奪われるほど、人々の関心は物質的な報酬に集中し、仕事に没頭しなくなる傾向があり、職業は生活のためにやむなく従事する「必要悪」とみなされやすい。それはともかく、職業活動は、遊びや趣味のようにそれ自体が目的であって、その過程を享受して自由とか、自己実現あるいは生きがいを味わうといった自己完結的、即時達成的な表出的活動ではない。その道の巨匠や名人ほどの人になれば、その仕事は遊びの境地に達しうるが、凡人の仕事はあくまでも手段的活動であり、将来の事態に備えて欲求の直接的充足や個性の発揮ないしは自己実現を断念し、職業の課する強制を甘んじて受け入れる行為様式を出るものではない。こうして、生計維持のための手段的活動は、個性発揮、自己実現といった表出的活動と深刻な矛盾に陥り、また社会連帯の実現への公的な関心と背馳(はいち)する方向に働きやすい。そこに職業をめぐる理念と現実のギャップと葛藤(かっとう)があり、またそれが現代の職業をめぐる問題点を形づくっている。
[濱嶋 朗]
以上にみた個性発揮(自己実現)、連帯実現、生計維持は、それぞれ職業の個人的・社会的・経済的機能にあたり、それぞれの機能はプラスの側面とマイナスの側面を伴いながら、相互に関連して動的な統一としての職業を成り立たせる。
(1)そのうち、もっとも具体的、直接的なのは物質的報酬の獲得による生計維持であり、その点で職業は生業(なりわい/すぎわい)とみなされ、最大の関心事となる。実際、収入の多い少ないは、その人の生活程度、生活様式を決め、人生の幸・不幸を大きく左右する。
(2)しかしもちろん、人生の幸・不幸は物質的な収入だけでは保証できない。人が携わる職業が意味をもち、多少とも仕事に生きがい、やりがいを感じるのでなければ、その人は充実した生活を送れない。個性発揮、自己実現とはそうした職業活動のもたらす精神的報酬である。
(3)さらに、人間は社会的動物であり、物質的にも精神的にも相互にギブ・アンド・テイクの関係にたちつつ生活しているが、職業的役割を分担し、それを遂行することは、社会や他者に貢献し、それを通じて自分も社会につなげられ、他から受け入れられ、それなりに評価されるということを意味する。社会的な地位とか尊敬の獲得という意味での社会的報酬は、価値付与と価値剥奪(はくだつ)の両面を伴いながら、社会的動物としての人間のあり方(満・不満、幸・不幸を含め)を規定することになる。
(4)また、これと関連して、職業はこれらの精神的・物質的・社会的報酬のいかんに応じて、人間の自尊心、自我感情の高下・強弱を規定するとともに、社会への帰属欲求を多少なりとも満足させる。それは、職業が役割分担を通じて個人と社会とを媒介し連結し、個人に社会への通路を提供するからでもある。社会に連結され受容された人間は、孤立と孤独に伴う不安と緊張を免除ないし緩和され、帰属欲求の充足を通じてアイデンティティを確立しうる。
以上にあげた精神的報酬(個性発揮・自己実現)、物質的報酬(生計維持)、社会的報酬(連帯実現の見返りとしての帰属欲求などの充足)のうち、どれを優先させるかは、職業により人間によってかなり相違してくる。高収入、やりがい、名声の三拍子そろった(あるいはそろわない)職業もあれば、収入は多いがやりがいのない職業、名声や尊敬は与えられるが収入は少ない職業などさまざまであって、一概には論じられない。また、人間のあり方、境遇や人生観、価値観などによっても、収入、やりがい、名声のどれを選ぶかは一定していない。生活に追われる人は物質的報酬を、生活にゆとりのある人は社会的または精神的報酬を、世俗的な関心のない人は精神的報酬を優先させるなどといった傾向があるにはあるが。
いずれにせよ、職業の機能は、単に物質的、経済的なものに限定されない。働かなくても生活できる境遇の人でも職業に携わるのは、仕事自体が人間の生活構造を規定し、生活のリズムを決め、生活を規律づける作用を営むことによって、人間らしい生活と精神活動を可能にするからである。たとえ惰性的、強制的なものであっても、職業活動は心身の健康を保持し、ときに創造や献身の喜びを与え、他者との社会的関連、精神的交流を可能にし、自尊心を培い、存在証明を付与するなどの積極的な機能を営む。また、人々を職業に携わらせる消極的な理由としては、あり余る時間をもてあます退屈感、目標喪失感、社会的関連からの孤立感・疎外感、社会的に役だっていないという価値剥奪感・自尊心の喪失などがあげられる。以上のことは、職業活動から排除された失業者や退職者の置かれた状況をみれば明らかであろう。
[濱嶋 朗]
職業の分化は社会的分業の展開と軌を一にしている。未開社会や古代社会にも僧侶(そうりょ)、呪術(じゅじゅつ)師、占い師、歌い手などおもに宗教的行事をつかさどる人々や、首長(しゅちょう)、戦士などの政治的・軍事的支配層が一般の人々から遊離して精神的職業に携わり、他の大多数の人々は農耕、牧畜、手工業などの肉体的職業に従事していた。しかし、分業の未発達な段階では固有の意味での職業分化に乏しく、職業が成立するのは自給自足的・封鎖的家内経済が崩壊して、これまで未分化であった仕事がしだいに専門化し、仕事の成果を互いに交換するようになってからである。これはいわゆる都市経済の段階以後のことで、人口の増加、交通の発達、技術の若干の進歩に伴い、専門的に行う仕事の種類もしだいに増大し、原始産業から商業、手工業が分離し、それらの商・工業の内部でも商品の種類や生産工程別に専門分化がみられるようになった。都市地域に同職仲間のギルドが結成され、製品の生産工程、品質、規格、価格、顧客の範囲などにわたり厳しく統制が行われた。しかし、職業は世襲であって、選択の自由はなく、職業上の特権の擁護に重点が置かれたから、職業は一定程度以上の発展を阻止された。
その後、産業革命が起こり、手工業から工場制手工業へ、さらに工場制工業へと発展するなかで、技術的分業(経営内分業)はますます発達を遂げ、作業は技術的に細分化された。これは作業の機械化や経営の大規模化によって促され、それにつれて作業はますます全体としてのまとまりや精神的意味内容を失い単調化、断片化して、人間疎外が深刻化していった。テーラーの科学的管理法やフォードのコンベヤー・システムは機械化の極致を示すもので、人間は機械の歯車にすぎなくなってきた。しかし、その後オートメーション化が進むなかで、職業労働にも若干の変化の兆しが現れ、科学的知識とそれに基づく判断能力、生産工程全体を見通す能力などが要求されるようになり、機械の奴隷から機械の主人への変化を展望する楽観論も一部にはみられたが、工場や事務所のオートメーション化がバラ色の将来を約束するかどうかは、議論の余地がある。
このような職業生活の変化、つまり、手工業段階を特徴づける完成生産から、機械化による技術的分業の進展を特色とする機械制工場工業へ、さらにはオートメーション化の段階へという推移に伴い、職業観も大きく変わってきた。古代社会では精神労働は支配者の、肉体労働は被支配者(奴隷)の仕事であったから、肉体労働は卑しく物質的な必要悪とみなされた。中世になると営利活動はキリスト教によって拒否されたが、修道院での労働はその経済的基礎を維持する必要から最小限度義務づけられた。その後の宗教改革時には、ルターは怠惰に対して勤労の必要を説き、カルバンは現世的禁欲主義を唱え、宗教倫理と職業倫理との結合を図った。ここに職業は天職または召命としての積極的な意義を与えられることになった。ルネサンス期には職業労働は本来創造的な活動として積極的に評価された(レオナルド・ダ・ビンチ)。この職業労働観は完成生産方式下の職人気質(かたぎ)に引き継がれ、仕事への没頭とやりがい、職業への誇り、仕事や生産物への内的一体化、仕事における自律性と自発性と自己実現が高く評価されることになる。
しかし、産業革命期以後の合理化、機械化、分業化の進展により、職人気質に示されたような職業労働の理想像は全面的に解体し、自営から雇用労働への移行による職業的自律性の喪失、単調な部分仕事への分解による職業的名誉の崩壊、疎外された労働への関心の欠如といった職業危機の様相が深刻化し、今日に至っている。現代の労働者の中心的生活関心はもはや職業労働そのものにではなく、余暇・遊びに大きく傾斜しているといわれる。オートメーション化が職業労働にどういう変化を引き起こすかはなお確定していないが、高度の技術装置や巨大な機構による労働疎外をいかにして克服ないしは緩和するかが緊急の課題になっている。職務充実、職務拡大といった労働の人間化への試み、経営参加や自主管理への動きなどは、失われた職業的自律性を回復し、人間の主体性を確立する方策として注目されよう。
[濱嶋 朗]
技術的分業(経営内分業)をてことする社会的分業の進展の結果、職業はきわめて多種多様に分化し、その数は数万にも上るといわれる。しかし、この多種多様な職業もいくつかの職業類型に分類することができる。そのもっとも一般的な方法は国勢調査に用いられる職業分類で、これによって一国の人口がどのような職業から構成されているかを知ることができる。わが国で第1回の国勢調査が行われたのは1920年(大正9)のことであるが、第二次世界大戦後には調査結果を国際比較ができるようにするために、50年(昭和25)の国勢調査に際して国際労働機関(ILO)の国際標準職業分類(ISCO)による新分類方式を採用した。85年の国勢調査では、大分類11項目、中分類57項目、小分類293項目に分けられている。それによると大分類は、A専門的・技術的職業従事者、B管理的職業従事者、C事務従事者、D販売従事者、E農林漁業作業者、F採掘作業者、G運輸・通信従事者、H技能工、生産工程作業者および労務作業者、I保安職業従事者、Jサービス職業従事者、K分類不能の職業、となっている。
これらの職業類型をより単純化すれば、専門、管理、事務、販売、熟練、半熟練、非熟練の7グループに便宜上分けられよう。このうち前四者は非肉体的(ノン・マニュアル)職業、後三者は肉体的(マニュアル)職業を構成し、また前者をホワイトカラー、後者をブルーカラーとよんで区別するのが普通である。
なお、以上は職業の別に基づく分類または類型であって、これと産業分類とは同じではない。職業分化が進んだ現代の社会では、同じ産業部門の内部にもいろいろな職業が属し、異なった産業部門の内部にも同じ種類の職業が属する、といったことがよくあるからである。職業はあくまでも個人の仕事の内容や条件にかかわり、いわば人間に関する規定であるが、産業はその個人が所属する会社、団体などの事業または事業の行われる場所の規定であって、事業の目的、製品またはサービスの種類が問題になる。産業分類とはそうした事業所の種類を分類したものである。このように、職業分類と産業分類は概念上は区別されなければならないが、もちろん事実上は密接な関係がある。一国の人口構成がどうなっており、どう変化してきたかを知るうえで、産業分類は職業分類とともに重要な意味をもっている。
[濱嶋 朗]
そこで、職業別、産業別の人口構成がどういう変遷をたどったかを一瞥(いちべつ)しておこう。いうまでもなく、産業は農林漁業を含む第一次産業、鉱・工業(製造業)からなる第二次産業、商業・サービス業などから構成される第三次産業に分けられる。一般に、近代以後の職業分化の正常なコースは、第一次産業優位から第二次産業優位へ、さらに第三次産業優位へというコースをたどってきた。もちろん国によって事情は異なるが、産業が未発達な段階では人口の圧倒的部分は農林漁業(それも農業)に従事していて、商・工業人口はごく少ない。農業中心の停滞的な伝統的社会が産業以前の社会のごく普通の姿であるが、やがて自給自足的農業から工業が分離し、商品生産が盛んとなって、農家の家族労働力が商品化(=賃労働化)し、農民層が分解して地すべり的な人口移動がおこり、人口が都市または工業地帯に集中する結果、鉱・工業人口が急激に増大するようになる。しかし、その後工業部門では資本構成が高度化して労働者の数はしだいに伸びが鈍り、それにかわって商品の分配・流通機構がしだいに確立するなかで商業・サービス業が進出し、他方、生活水準の向上とか生活要求の多様化に伴って、専門・技術・自由業などの精神的職業が急速に増加するといった事態が進展する。
今日の先進産業諸国では第三次産業就業者が就業人口の半数を超えつつある。1982年の経済協力開発機構(OECD)調査によると、イギリスやアメリカでは第一次産業が3~4%以下ときわめて少ないのに対し、第二次産業は20~30%台、第三次産業は60%を超えており、第三次産業中心の産業構造に移行していることは明らかである。ドイツやフランスでも、これよりやや遅れるが、ほぼ同様の趨勢(すうせい)がみられる。いわゆる脱工業化社会、高度大衆消費社会の到来である。わが国についても同様であって、第一次産業就業者はわずか数十年の間に5割強から1割強へと急激に減少し、工業化の進展、高度経済成長による農民層の激しい分解を物語る反面、第三次産業は1960年代以降飛躍的に増大し、半数を上回るまでになっている。
[濱嶋 朗]
このような産業構造の推移、つまり脱工業化へ向かっての前進は、社会構造にどういう変化を引き起こすのであろうか。前にも触れたように、職業につくには一定の資格、学歴、能力が必要であり、職業的役割の遂行と引き換えに相応の物質的・社会的報酬が与えられる。つまり、一定の所得や従業上の地位、それに規定された生活水準や生活機会、それに対応する社会的地位の付与または差別的な社会的評価(威信の格づけ)が人々をいずれかの階層に振るい分けるもとになる。職業に上下・貴賤(きせん)の別はないといわれるが、理念のうえではともかく、現実には職業は今日、財産や家格にかわって階層を決定する重要な要因になっている。
職業類型に対する社会的評価(格づけ)を行ったいくつかの調査によると、どこの国でも専門と管理の評価が高く上層を形成し、事務と販売(および熟練の一部)は中層に位置づけられ、半熟練・非熟練の労働者はおおむね下層に格づけられている。この格づけは高度の専門知識・技能や公共の福祉に対する高度の責任性を基準にして行われており、その地位が機能的に重要であって希少価値をもつ場合に、最高位に格づけられるわけである。これに反して、非熟練で低賃金の危険で手の汚れる職業は、もっとも望ましくない職業と考えられ、最下位に評価される傾向がある。また、格づけ順位(威信ヒエラルヒー)が各国ともほぼ同様になっているのは、産業構造が似通っているためであり、人間の差別的評価がやはり共通する面をもっているためであると考えられる。
ところで、日本の場合、戦後の高度経済成長過程で産業構造は大幅に変化し、それに伴って階層構造にも著しい変化が現れた。その一つは、旧中間層の一翼を担う農民層の急速な減少(分解)と事務・販売関係の職業の増大であり、農民層が雇用労働者として転出したことを物語っている。と同時に、事務・販売およびこれに専門・管理のかなりの部分を加えた人々(ホワイトカラーまたは新中間層といわれる)が労働者層(ブルーカラー)をかなり上回ったことが注目をひく。このいわゆる新中間層の肥大化傾向は先進産業諸国の階層構造に(少なくとも表面上は)共通して認められる現象であって、現代の高度産業社会が資本家階級と労働者階級へ両極分解を遂げるという意味でのプロレタリア化傾向を否定する有力な根拠となっている。そして、このことはD・ベルのいう脱工業化社会の到来という事態に見合う階層構造の変貌(へんぼう)を物語るかのようである。彼によれば、脱工業化社会では理論的・技術的知識が中心的な意義をもち、それを担う専門的・技術的階層の優位(したがってテクノクラートの支配)が動かしがたくなると考えられている。産業構造や職業構造の推移だけからはテクノクラシーの到来を理由づけるわけにはいかないが、階層構造の変動の方向は表面上そのような趨勢を示しているといえる。
[濱嶋 朗]
『尾高邦雄著『新稿職業社会学』ⅠⅡ(1953・福村書店)』▽『尾高邦雄著『産業社会学講義』(1981・岩波書店)』▽『岩内亮一編著『職業生活の社会学』(1975・学文社)』▽『E・デュルケーム著、田原音和訳『社会分業論』(1971・青木書店)』▽『D・ベル著、内田忠夫他訳『脱工業社会の到来』上下(1975・ダイヤモンド社)』
字通「職」の項目を見る。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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