ヶ浜村(読み)くしがはまむら

日本歴史地名大系 「ヶ浜村」の解説

ヶ浜村
くしがはまむら

[現在地名]徳山市大字櫛ヶ浜全域と横浜よこはま町の一部

徳山湾東側奥の浦で、岩熊いわくま山北西部の小村。東は末武中すえたけなか(現下松市)北東久米くめ村、北は徳山村に続く。萩藩領で都濃宰判に属した。

毛利輝元が元和三年(一六一七)次男就隆に分知した領知目録に、串浜三一七石八斗九升とみえるが、同七年萩藩に返して替地を新たに受領している(毛利家文書)。寛永三年(一六二六)の熊野帳では久米村の枝村串浜として宍戸雅楽頭給領高二四八石七斗六升二合とある(給領石高付立)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む