タナゴ(読み)たなご(英語表記)bitterling

日本大百科全書(ニッポニカ) 「タナゴ」の意味・わかりやすい解説

タナゴ
たなご / 鱮
bitterling

硬骨魚綱コイ目コイ科のタナゴ亜科に属する淡水魚の総称、またはそのなかの1種。名称が紛らわしい海産のウミタナゴは、スズキ目ウミタナゴ科に属するまったく別の魚である。

[水野信彦]

タナゴ亜科の特徴

世界中で約40種知られている。中部ヨーロッパ産の1種を除くと、ほかはすべてアムール川からベトナム北部までのユーラシア大陸アジア側に分布している。日本産は11種7亜種に分けられ、全体としての分布域は本州、四国、九州のほとんど全域に広がっている。地方により、ボテ、ニガブナ、クソバエ、オカメ、センパラ、シュブタなどとよばれるが、これらの呼び名は2種以上を混称していることが多い。

 一見フナに似ているが、背びれの付け根がフナより短いうえに、体が著しく側扁(そくへん)していて平たい。ひげや咽頭歯(いんとうし)の切れ込みの有無、側線が完全かまたは不完全かは種によって異なる。日本産の種はほとんどが全長10センチメートル程度までの小魚で、すべて湖、池、沼や河川の緩流部に生息している。消化管は非常に長く、複雑なとぐろを巻いており、藻類を主とした雑食性である。

 春に産卵する種と秋に産卵する種がある。いずれも産卵期には雌の産卵管が長く伸び、雄の体色は、赤、桃、青、黒など多様に彩られる。雌が産卵管を二枚貝の出水管に差し込んで貝の外套腔(がいとうこう)の中に卵を産み付けると同時に、雄は入水管近くに放精し、貝の中の卵に受精させる。孵化(ふか)した仔魚(しぎょ)の発育はきわめて不十分で、卵黄に尾がついた程度の姿でしかなく、しばらくは貝の中で発育を続ける。貝からは出水管を通って自力で脱出することが観察されている。種間雑種が野外でもしばしば得られるし、人工交雑でも比較的容易に得られる。大部分は不妊であるが、組合せによっては雌雄ともに妊性をもつ雑種ができるので、雑種第二代や退交雑種(戻し交雑)を生じさせることが可能。観賞用に熱帯魚などとともに飼育される。一部の地域では佃煮(つくだに)などにするが一般には食用とはしない。

[水野信彦]

タナゴ亜科の分類

タナゴ亜科魚類の属の分類には異説が多い。この項では『日本魚名大辞典』に従って、日本産種を4属に分けて解説する。なお、各種の日本における大まかな分布域を括弧(かっこ)内に示したが、環境変化や人為的移入によって分布域の縮小や拡大がみられる。

 タナゴ属Acheilognathusには、アブラボテA. limbatus(愛知県以西の本州、四国、九州)、ヤリタナゴA. lanceolatus(本州、四国、九州)、イタセンパラA. longipinnis(滋賀、岐阜、富山の3県)、カネヒラA. rhombeus(淀(よど)川以西の本州、四国、九州)、タナゴ(後記)、イチモンジタナゴA. cyanostigma(木曽(きそ)川水系以西の本州、四国)、タビラA. tabira(本州、九州)の7種が、ゼニタナゴPseudoperilampusにはゼニタナゴP. typus(信濃(しなの)川、豊(とよ)川以東の本州)1種が、バラタナゴRhodeusには、バラタナゴR. ocellatus(北陸、関東地方以西の本州、四国、九州)、カゼトゲタナゴR. sinensis(岡山県、九州北部)の2種が、ミヤコタナゴTanakiaにはミヤコタナゴT. tanago(関東地方)1種が、それぞれ含まれている。

[水野信彦]

タナゴ

標準和名のタナゴAcheilognathus moriokaeは、タナゴ亜科の1種で、太平洋側は神奈川県、日本海側は新潟県以北の本州に分布する。全長10センチメートルまでの小魚で、側線は完全で、1対のひげがある。平野部の浅い池や沼とそれらに通じる水路に多い。春にカラスガイタガイの中に産卵する。関東に分布するミヤコタナゴと関西に分布するイタセンパラは、第二次世界大戦後の急速な開発によって激減し、1974年(昭和49)に地域を定めず魚種を対象に国の天然記念物に指定された。

[水野信彦]

釣り

冬の釣り暦で、釣り人はヤリタナゴをマタナゴ、バラタナゴをオカメまたはオカメタナゴとよび、この2種を釣りの対象にする。マタナゴは全長3~5センチメートルが標準で、8センチメートル以上は大形であるが近年は数が少なくなった。このため3センチメートル以上は大形ともいえるオカメタナゴが対象魚の主流になった。

 釣り方は、道糸にトンボとよぶ目印をつけたミャク釣りとウキ釣りがある。竿(さお)はそれぞれ専用のものがあり、ミャク釣り竿は先調子で1本24センチメートルを10本継ぎ全長1.8メートル、ウキ釣り竿は1本36センチメートルくらいを5本継ぎ全長1.5メートルなど、ほかの竿に比べて短い。餌(えさ)はイラガの幼虫のタマムシの頭を切り、中の繊維を鉤(はり)先に丸く小さくつけるのが最高である。ほかに卵の黄身練り、アカムシ(赤虫)なども使う。ベテランは1日1000尾近く釣る。ビギナーが入門しやすいのはウキ釣りである。魚体が小さいからかならず小さいウキ、細い糸を使い、タナゴ専用鉤にすることが肝心である。

[松田年雄]


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改訂新版 世界大百科事典 「タナゴ」の意味・わかりやすい解説

タナゴ (鱮)

コイ目コイ科タナゴ亜科の1種,広義にはタナゴ亜科に属する淡水魚の総称。タナゴAcheilognathus moriokaeは日本特産種で関東地方と東北地方の太平洋側に分布。平野部の湖沼やこれらに連なる小河川などにすむ。雑食性。産卵期は4~6月で,生きた二枚貝(カラスガイ,ドブガイなど)の鰓葉(さいよう)中に産卵する。タナゴ類中では体の細長いほうに属する。側線は完全。体側に前端がとがった青緑色の細長い縦帯とえらぶたの上端に小さな暗緑色の斑点とがある。口ひげは2本で短い。産卵期の雄は婚姻色を現す。婚姻色は体の背方は青緑色で腹面は黒色,えらぶたと胸部は淡紫紅色。体側から尾柄に達する青緑色の縦帯は鮮やかとなり,それに沿ってそのすぐ上方に紫色の縦帯が現れる。各ひれは黒色で,しりびれの外縁部は白色(不透明)となる。吻端(ふんたん)には追星(おいぼし)を生ずる。雌のしりびれ前方には灰色(基部は淡黄褐色)の産卵管が現れ,この産卵管は熟卵をもつ周期ごとに著しく伸長する。卵(受精卵)はアリの卵に似た形で大きさ約3.5mm×1.1mm。霞ヶ浦沿岸では他のタナゴ類といっしょにすずめ焼,つくだ煮などにして食用にする。

 タナゴ類Acheilognathinaeは,タナゴ(東京都),ボテ,ボテジャコ(琵琶湖),シュブタ(福岡県),センパラ(岐阜県)などの地方名がある。英名はbitterlingというが,正しくはヨーロッパタナゴRhodeus sericeusに用いる。この亜科に属する魚類はヨーロッパに1種,アジアに数十種,うち日本には15種および亜種(アジア大陸からの移殖種1亜種を含む)を産する。産卵期の雄はそれぞれの種特有の婚姻色を現し,雌は細長い産卵管を生きた二枚貝の鰓葉中にさし込んで産卵する習性がある。

 日本にはその分布が著しく限られていて,生物地理学上貴重なため国の天然記念物に指定されたものが2種ある。ミヤコタナゴTanakia tanagoとイタセンパラA.longipinnisである。ミヤコタナゴは成魚の全長3~5.5cmの小型種で,産卵期の雄は赤色,黒色,紫色などの美しい婚姻色を現す。産卵期は4~7月でおもに小型のマツカサガイに産卵する。分布は関東地方に限られ,最初に発見されたのは東京の小石川(現,文京区)の東大付属植物園の池である。昔は茨城県を除く関東地方の各都県の数ヵ所に分散して分布していたが,都市化に伴い環境が破壊されて,現在では栃木,埼玉,千葉,神奈川の4県のしかも局地的な数ヵ所のみに残存し絶滅に瀕(ひん)するに至った。そこで天然記念物に指定された時期と相前後して,各県はそれぞれ保護対策を計画実施している。とくに栃木県大田原市では地域をくぎって人工河川を設け,その保護,管理に好成績をあげている。イタセンパラはタナゴ類の中でもっとも体高の高い魚で,昔は岐阜,愛知,三重の3県と琵琶湖・淀川水系とに分布していた。しかし現在では確実に残存が認められているのは大阪府下の淀川河川敷に散在する水たまり(現地ではワンドと呼ぶ)のうちの数ヵ所と,木曾三川の下流部の一部のみとなってしまった。イタセンパラの生態の特徴は産卵期が秋季で,貝の中に産着された卵はその鰓葉内で孵化(ふか),発育しつつ越冬し,翌春5月ころに仔魚(しぎよ)が水中へ泳ぎ出すことである。秋季に産卵するタナゴ類はこのほかカネヒラA.rhombeaとゼニタナゴPseudoperilampus typusの2種がある。このうちのゼニタナゴも減少の著しい魚の1種と考えられる。

 釣りの対象魚としてタナゴ類を尊重するのは東京であろう。江戸時代の深川木場のタナゴ釣りは有名で,旗本や豪商の隠居が,金屛風を背に美女の髪の毛を道糸にして楽しんだという〈タナゴ釣り〉が記録に残っている。この場合のタナゴとはヤリタナゴA.lanceolataだったと思われる。現在のタナゴ釣りはおもに霞ヶ浦周辺で行われている。対象魚を釣人はマタナゴとオカメタナゴとに大別しているが,このような和名の魚は存在しない。マタナゴとは体の細長いグループで,大部分はヤリタナゴ,それに少数のタナゴ(和名)とアカヒレタビラA.tabiraが含まれる。オカメタナゴとは体高の高いグループを指し,第2次世界大戦前はゼニタナゴのことであったが,戦後は移殖種のタイリクバラタナゴR.ocellatus ocellatusがこれに入れ代わっている。タイリクバラタナゴは戦時中に長江(揚子江)からソウギョの種苗に混じって輸入され,利根川水系に爆発的に繁殖したものである。なお,日本古来のニッポンバラタナゴR.o.smithiは西日本に分布していたが,これらの地区でもタイリクバラタナゴの繁殖によって著しく減少している。

 タナゴ類はすずめ焼やつくだ煮などにして食用に供されるが,その原料はヤリタナゴとタイリクバラタナゴが大部分である。またタナゴ類は観賞魚としても人気があるが,市販されている種類はタイリクバラタナゴが多い。

 なお,海産のウミタナゴも釣人などに〈タナゴ〉と呼ばれる場合があるが,淡水魚のタナゴ類とは縁の遠いスズキ目ウミタナゴ科の魚である。
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百科事典マイペディア 「タナゴ」の意味・わかりやすい解説

タナゴ

コイ科の魚。全長雄12cm,雌10cm。日本特産種で関東・東北地方に分布。平野部の湖沼や小河川の水草のある浅所に多い。カラスガイ,タガイなどの鰓内に産卵する。また近縁のヤリタナゴ,ゼニタナゴ,バラタナゴなども一般にはタナゴと呼ばれる。ヤリタナゴは全長8cm程度,日本産タナゴ類中最も分布が広く,本州,四国,北九州,朝鮮半島の湖沼,河川にすむ。マツカサガイの鰓内に産卵。前種とともにすずめ焼,つくだ煮などにされる。冬美味。江戸時代より盛んだった東京付近のタナゴ釣はおもに本種を対象とする。ゼニタナゴはふつう全長6cm。口ひげがない。関東・東北地方また新潟県の一部に分布。諏訪湖,天竜川水系にも移殖されている。ミヤタナゴ,イタセンパラの2種は,その分布が著しく限られているために国の天然記念物に指定。戦時中に中国からソウギョに混じって輸入されたタイリクバラタナゴは,戦後爆発的に繁殖。日本古来のタナゴ類を著しく減少させた。なおウミタナゴを単にタナゴと呼ぶことも多い。タナゴは絶滅危惧IB類,ゼニタナゴおよびイタセンパラは絶滅危惧IA類,ヤリタナゴは準絶滅危惧(環境省第4次レッドリスト)。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「タナゴ」の意味・わかりやすい解説

タナゴ
Acheilognathus melanogaster

コイ目コイ科の淡水魚。全長 7~12cm内外。体は側扁し,体高はタナゴ類のなかでは低いほうである。一対の口ひげをもつ。側線は完全。繁殖期には雄は婚姻色を呈し,背方は青緑色,側方は淡紫色,淡桃色となる。雌は長い産卵管をもち,カラスガイ類(→イシガイカラスガイ)中に産卵する。食用。関東・東北地方の太平洋側の河川,湖沼に分布する。

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