一光村(読み)いかりむら

日本歴史地名大系 「一光村」の解説

一光村
いかりむら

[現在地名]福井市上一光(かみいかり)町・下一光(しもいかり)町

北を国見(くにみ)岳、東を大芝(おおしば)山、南を三本松(さんぼんまつ)、西を金毘羅(こんぴら)山に囲まれた標高二三〇―二八〇メートルの高地に位置し、大芝山中に源を発する一光川の上流が上一光村、下流が下一光村に分れる。明治末年までは、本堂(ほんどう)村から険阻な一光坂を越えて当村に至ったが、現在は末(すえ)地区から県道が通ずる。

両村とも正保郷帳に村名がみえ、上一光村は田方三三八石余・畠方一六石、下一光村は田方二八石余・畠方二九石余。上一光村は正保二年(一六四五)福井藩領から松岡藩領となり、享保六年(一七二一)再び福井藩領となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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