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一条忠良 いちじょう ただより

美術人名辞典の解説

一条忠良

江戸中・後期公卿。輝男の子。法号は大勝寺。寛政4年(1792)内大臣、同8年右大臣、文化11年(1814)右大臣、関白、文政6年(1823)辞関白、11年准三后となる。和歌にすぐれた。天保8年(1837)歿、64才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

一条忠良 いちじょう-ただよし

1774-1837 江戸時代中期-後期の公卿(くぎょう)。
安永3年3月22日生まれ。一条輝良(てるよし)の子。天明3年従三位。左大臣にすすみ,文化11年光格天皇の関白,ついで14年仁孝(にんこう)天皇の関白となる。従一位。文政11年准三宮(じゅさんぐう)。和歌にすぐれた。天保(てんぽう)8年6月3日死去。64歳。法号は大勝寺。日記に「忠良公記」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典の解説

一条忠良 (いちじょうただよし)

生年月日:1774年3月22日
江戸時代後期の公家
1837年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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