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一柳直末 ひとつやなぎ なおすえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

一柳直末 ひとつやなぎ-なおすえ

1553-1590 織豊時代の武将。
天文22年生まれ。豊臣秀吉につかえる。兵糧奉行,普請奉行をつとめ,天正(てんしょう)17年美濃(みの)(岐阜県)軽海西城主となる。18年小田原攻めの際,伊豆(いず)山中城(静岡県)を攻撃中に流れ弾にあたり,3月29日戦死した。38歳。美濃出身。通称は市介。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

一柳直末

没年:天正18.3.29(1590.5.3)
生年:天文22(1553)
安土桃山時代の武将。美濃(岐阜県)土岐氏の臣一柳直高の長男。通称市介,伊豆守。初名は末安。元亀1(1570)年豊臣秀吉に仕え,知行25貫文。秀吉の播磨国平定に戦功をあげ黄幌衆に列す。兵糧奉行,普請奉行を務め,また天正11年の賤ケ岳の戦,同12年の小牧・長久手の戦,同13年の紀州雑賀攻め,四国征討に参加。同年9月美濃大垣城主2万5000石となり,従五位下,伊豆守に叙任。次いで美濃軽海城主5万石に転じたが,同18年の小田原攻めで伊豆山中城攻撃中に被弾して討死。直末戦死の報に接した秀吉は,愁嘆すること連日におよんだという。<参考文献>『一柳家記録』

(二木謙一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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