一柳陣屋跡(読み)ひとつやなぎじんやあと

日本歴史地名大系 「一柳陣屋跡」の解説

一柳陣屋跡
ひとつやなぎじんやあと

[現在地名]川之江市川之江町

一柳直家の川之江藩陣屋跡。いちりゅう陣屋とも通称する。直家は監物直盛の次男美作守。寛永一三年(一六三六)宇摩うま郡・周布しゆうふ郡と播磨国加東郡小野に約二万八千六〇〇石を与えられ、翌年川之江村にとっては初めての在国領主として入封、川之江藩は寛永一九年の直家死去まで七年間存続、一柳氏は末期養子襲封を認められず播州小野に移され、翌年一柳氏旧領は松山藩預所となった。直家は築城を計画したが果さず、川之江村内に陣屋を構えていた(藩翰譜)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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