万寿寺町(読み)まんじゆうじちよう

日本歴史地名大系 「万寿寺町」の解説

万寿寺町
まんじゆうじちよう

下京区五条通東洞院東入

東西に通る五条(ごじよう)通(旧六条坊門小路)北側の片側町。

平安京の条坊では左京六条四坊一保一町南側と二町北側の地。鎌倉時代、当町は万寿禅寺(万寿寺)の寺域であった。

慶長年間(一五九六―一六一五)以来、橋屋(はしや)町と称したというが(坊目誌)、寛永一四年(一六三七)洛中絵図には「橋通万寿寺丁」とみえる。また宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」には「万寿寺町 一名扇屋町とも云」と記される。「京羽二重」(貞享二年刊)には、当町居住の職商人として、「鏡師」人見石見、一向宗の書物屋として西村九郎右衛門の名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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