三保谷宿(読み)みほのやじゆく

日本歴史地名大系 「三保谷宿」の解説

三保谷宿
みほのやじゆく

[現在地名]川島町三保谷宿(みほやじゆく)

「みほや」「みおや」「みおのや」ともよび、三保谷宿村、また三保谷村ともいった。畑中(はたけなか)村の東、荒川の右岸にあり、東方は同川を隔てて足立郡川田谷(かわたや)村(現桶川市)。中世三尾谷(みおのや)郷の遺称地。近世には三保谷郷九ヵ村の一。川越城下と桶川宿とを結ぶ往還が通り、川田谷村とは太郎右衛門(たろうえもん)渡で結ばれていた。田園簿では田高一一六石余・畑高一〇〇石余・野高二九石余、川越藩領。秋元家時代郷帳では高三一四石余、ほかに野高並前々検地出高として高一三四石余がある。反別は田方二〇町九反余・畑方六二町九反余、このうち野一七町八反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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