日本大百科全書(ニッポニカ) 「南光」の意味・わかりやすい解説
南光
なんこう
兵庫県南西部、佐用郡(さようぐん)にあった旧町名(南光町(ちょう))。現在は佐用町の東部を占める一地区。旧南光町は1955年(昭和30)佐用郡中安(なかやす)、徳久(とくさ)の2村と宍粟(しそう)郡三河(みかわ)村が合併、町制施行して成立。町名は古刹(こさつ)南光坊瑠璃寺(るりじ)にちなむ。2005年(平成17)佐用町に合併。旧町域は千種(ちくさ)川沿いに延びた細長い地域で、大部分が山林である。JR姫新線(きしんせん)と国道179号が東西に走り、北部を中国自動車道が通る。農林業が中心で、果樹や花卉(かき)栽培もみられる。ヒマワリ栽培が盛んで、「ひまわり祭り」も行われている。兼業化が進み、播磨(はりま)工業地域への通勤が多い。瑠璃寺は修験(しゅげん)道の道場として平安時代から知られ、絹本著色不動明王二童子像1幅は国の重要文化財。上三河の農村歌舞伎(かぶき)舞台は国指定重要有形民俗文化財。船越山は野猿が多く、モンキーパークや県立昆虫館、自然観察村もある。
[大槻 守]
『『南光町史』3巻(1994~2003・南光町)』